絶対、アイツを振り向かせてやる!

魔仁阿苦

第1話

「はーい、琴音ことねの負けー!」

「ちょ、ちょっと今のナシっ!」


 ここは駅裏にあるカラオケ店の一室。

 最近覚えたばかりの曲を気持ちよく歌い終え、勝ちを確信した私の目に飛び込んできたのは96点という数字。


「途中までは、さすが琴音! っていう感じだったけど、惜しかったわね~」


 私より先に歌い終え、98点を叩き出していた美月みつきが満面の笑みを浮かべていた。

 少し茶色っぽいセミロングヘアにくるくると動く大きな瞳が特徴的な、学校でもかなり人気がある美月は私の数少ない友人だ。


「やっぱり、さっきの告白が調子を狂わせたのかしらね~」

「うっ……そうかも」


 今日は前々から美月とカラオケに行く約束をしていた。

待ち合わせた学校の玄関で合流した後、校門を出たところで、私は一人の男子生徒に呼び止められて告白されてしまったのだ。

 もちろんお断りしましたけど。


「それにしても、今さら琴音に告白なんて、あの男子もおめでたいよね~」

「まあね……」


 私こと、城ケ崎琴音はすごくモテる。自分で言うのも何だけど、顔とプロポーションは文句なしに整っていて、容姿はほぼ完ぺきである。人から言わせれば、黒髪の天使とか学校一の有名人だとか。

 別に自慢しているわけではない。

 小学生のころから『美少女』だとか、『女神』だとか言われ続け、もてはやされていれば嫌でもそう思うだろう。

 現に高校入学してからの1か月間は、ほぼ毎日のように男子から告白され続け、そして同じ回数だけ断り続けたが、その回数が3桁に届こうとする頃になって、ようやく『難攻不落の高嶺の花』という存在に落ち着いて、ほとんど告白されることがなくなった矢先の出来事だった。


「さすがに久しぶりの告白は身体にこたえたんじゃない?」

「そうね、ようやくストレスから解放されたと思って油断してたところだったわ」


 これ見よがしに、はあ、とため息をついてソファに倒れ込むと、最近大きくなってきた胸がぼよんと揺れた。学校では見せたことのないだらしない恰好であったが、美月はたしなめるでもなく、苦笑しながら眺めていた。


「その様子じゃ、好きな人なんて出来なさそうだよね~」

「やっぱり……そうかな」

「普通の男の子が琴音と並んで歩いたら平常心でいられないわよ」


 少しふざけた口調で話す美月も決して可愛くないわけではない。肩まで伸ばした髪はいつでもキラキラ輝いているし、大きな目は時折皮肉っぽい光を放つが、全体的にとても可愛らしい。

 ただ……。


「こんなに可愛いのに、腐女子なんだよね……」

「何? 何でそんな残念な目でわたしを見るのかしら?」

「いえ、そんな目をした覚えはありません」


 美月の方こそ、その気になればとっかえひっかえ、って……まあ、腐女子なんだけどね。


「ところで、話がいつの間にか大きく脱線してしまったけど」


 美月の言葉にぎくっとした私は慌てて視線を逸らす。


「約束だからね? わたしが選んだ男子に告白するという罰ゲーム、ちゃんとしてもらうわよ」

「……分かってるわよ」


 美月はたまに私を困らせて喜ぶという変なところがある。今回の罰ゲームもそう。

 他人を巻き込むのは良くないんじゃない? なんて今さら言っても、やっぱり許してくれないよね。

確かに私は今まで男子に告白なんてしたことないから、美月にとっては最高の娯楽みたいなものだし。


「それじゃ、決行は明日の放課後。相手はわたしが選ぶ、ということでいいわね?」

「……仰せのままに」


 何てアホな賭けをしてしまったんだろう、と遅まきながら後悔したのだった。


 $ $ $


 翌日の放課後。

 教室から出ようとすると、スマホに美月からのメールが届いた。


『今から連れて行くから、体育館裏で待機すること』


 ついに来たか、と思いつつ、スマホを鞄にしまい、指示どおり体育館裏に向かうことにした。


 目的地に向けて廊下を歩いていると、周囲から熱い視線が送られているのを感じる。こんなとき少し前までなら、顔を赤くした男子が目の前に立ちふさがって『好きです。付き合ってください!』などと言われていたこともあったけど、今はただ遠慮がちに視線を向けてくるだけ。

 何となく珍獣扱いされているようで、前とは違った意味で疲れてしまう。

 美月が誰を選んだかは知らないけれど、もし今回の告白で付き合うことになれば、この鬱陶しい視線が少しは減るだろうか。それとも別な意味の視線が向けられるのだろうか。


 もうすぐ体育館に着くという頃に、どこからか様子を窺っているはずの美月から、再びメールが届いた。


『そろそろなので情報提供。相手はクラスメイトの勝俣くんです。大丈夫だと思うけど頑張れ♡』


 直前になって告白相手が判明したけど、今回は罰ゲームなので相手が誰かなんて大した問題ではない。それにしても勝俣くん、ってどんな人だったっけ?

 基本的に男子と話すことがない私は、その辺の情報に非常に疎い。

 その点では美月はクラスの誰とでも会話しているし、ネットワークもあるから、私よりは人を見る目がある。だから、罰ゲームとはいえ、偏屈な人や問題を起こしそうな人を選ばないはずだ。一応親友だしね、信じてあげよう。


 ゆっくりと体育館の外周を回って、ようやく裏側に到着すると、一人の男子生徒が所在無げに佇んでいるのが見えた。

 ……あれが勝俣くんか。

 彼のいる場所から私がいる場所は死角になっているので、じっくりと彼を観察する。

 第一印象は、黒縁のメガネをかけていて、背は私より若干高く、中肉中背であまり目立たないというものだった。

 何となく美月が彼を選んだのが分かる気がする。毒にも薬にもならぬ存在、まさにそんな感じだ。


 なんとなく安心した私は彼の方へ歩いていく。

 自分の方に向かってくる足音に気付いたのか、勝俣くんは私の方へ顔を向けた。


『あれ?……』


 初めての告白という意味で胸がどきどきするけど、意外だったのは彼が私を視界に捉えているはずなのに何の表情も浮かべていないことだった。

 驚きのあまり逃げ出す、とまではいかないまでも、顔を赤らめたり、あたふたしたりと何かしらの感情の変化が見られると思ったのに。


『もしかしたら、これから告白されるなんて思っていないのかも』


 多少自分のプライドが傷ついたことを誤魔化すようにポジティブに考える私。

 さて……これからする私の告白に彼はどういう態度をとるだろう?


『本当ですか? 嬉しいです!』と大喜びするだろうか。それとも、『これは夢に違いない!』と頬をつねったりするだろうか。いやいや、もしかしたら『そんな、そんなことはあり得ない……』と逃げ出すかも。

 勝俣くんに近づきながらいろいろと想像を働かせるが、距離を縮めていっても彼の表情に変化は見られなかった。


 私を見ても何も感じないのかしら? といぶかしく思いつつ、彼の目の前、3メートルほどの間隔を空けて立ち止まる。


「あの、お待たせしてすみません」


 申し訳なさそうに上目遣いで彼に目をやると、いや別に待ってない、とボソッと呟いたのが聞こえた。

 さっきから私に視線を合わせないし、何かを期待しているようにも見えない。

何か勝手が違うんだけど……。

 

でも美月との約束だし、罰ゲームを開始しないと。


「あの、実は勝俣くんに伝えたいことがあって……」

「うん」

「あの……好きです。私と付き合ってください」


 よし。ちゃんと言えたぞ。

 さて、どんな反応するだろう。

いずれ近いうちに別れるんだからあまり喜ばれても困るし……なんて考えていると。


「ごめん」

「えっ?」

「君とは付き合えない」

「は?」


 えーと、今『付き合えない』って聞こえたけど……空耳かな?


「すみません。ちょっと聞こえなくて……」

「ごめん。オレ、付き合う気ないから」

「え……」


 私は呆然として彼の顔を見つめた。

彼の顔には面倒くさそうな表情がありありと浮かんでいた。


『ええええええええーーーーっ!?』


 衝撃で目を見開いていた私の背後から、聞きなれた親友の叫び声が聞こえたのは気のせいではなかった。


$ $ $


 生まれて初めての男子への告白……それはものの見事に玉砕した。

 それじゃ用事があるから、と足早に去っていく勝俣くんの背中を、私はただ呆然と見送るしか出来なかった。


「一体、何? 何でこうなったの!?」


 告白シーンをどこからか見守っていた美月が、私に掴みかからんばかりの勢いで尋ねてくるが、そんなこと私が聞きたいくらいだ。


「あ、あはは……振られちゃった……のかな……」


 こんな展開は想像もしていなかったし、未だに脳内で理解しきれていない。

 これまで振ることはあっても、振られたことなんて一度もなかったのに。まあ、告白すること自体初めてなんだから当然なんだけど。


 今まで私が振ってきた男の子もこんな気持ちだったのかな。

 振られる、って結構キツイものがあるって初めて知った。


「琴音……大丈夫?」


 声がしたので顔を向けると、美月がこれまで見たことがない悲しそうな表情を浮かべていた。

 振られたのは私なのに、まるでその責任が自分にあるかのように。

 美月だって悪意があって今回のことを言い出したわけじゃないのは分かっている。気が重いとは思いつつ結果的に私も賛成したんだし。だから彼女を悲しませる必要はない。


「だ、大丈夫よ。ただちょっとびっくりしただけ」

「本当?」

「うん」


 笑顔を見せようと思ったけど、自分でも顔が引きつっているのが分かる……振られたことの衝撃がいかに大きなダメージであったかを思い知った。


$ $ $


 少し落ち着いたところに行こう、と美月に連れていかれたのは近所のファミレスだった。

 注文したアイスコーヒーを飲んでいると、胸の中のモヤモヤが流されていくように少しずつ気持ちが落ち着いてきた。するとさっき受けたショックとは違う感情が込み上げてくる。

 落ち着くのよ、私。もしかしたら彼はちょっと変わった趣味の人かもしれないし、普通であれば私が振られるなんてありえないんだから。


「ところで、勝俣くんってどんな人なの?」


 未だに心配そうな美月に、平静を装いつつ尋ねる。


「勝俣くんねえ。実はわたしもあまり知らないんだよね」

「えっ……そうなの?」


 自分でもよく知らない人に告白させたの?

 こういうときってある程度知っている人を選ぶんじゃないの? その、ジョークが分かる人、とか。

私の怪訝な表情を見て、責められているように感じたのか、美月は慌てて言葉を続ける。


「いや、勝俣くんを告白の相手に選んだのにはちゃんと理由があるんだって」

「それは?」

「うんとね、まず彼にはこれといった友達がいないということ」

「友達がいない?」


 まともに言葉を交わしたのはさっきの告白が初めてだったけど、そんなに感じに思えなかったけど。


「そう。だから琴音と付き合うことになっても、自分から大っぴらに言いふらしたりしないかなと思ってさ。それと」

「それと?」

「彼、女の子にあまり興味がない、って噂を聞いたから」

「えっ?」


 美月の話を総合すると、彼には友達がいないので周囲に知られる恐れもないし、万が一断られることがあっても女の子に興味がないなら納得できる、ということらしい。

 ただ、本当に断られるとは思ってなかったようだけど。


「女の子に興味がないなんて噂は信じてなかったけど、実際声を掛けたときのアイツの表情を見てたら本当かも、と思っちゃった」

「どうして?」

「だって、わたしって琴音ほどじゃないけど結構モテるじゃない? 少しくらい緊張するとか、顔を赤くするとか反応があると思ったんだけど、『ああ、そう』って面倒くさいみたいな感じだったし」

「……ふーん」


 美月も私と同じで自分の容姿のことをよく理解している。だから、勝俣くんに声をかけたときの反応が意外だと感じたのも分かる気がする。


「それにしても、琴音を振るなんて……アイツ本当に女の子に興味ないんだ……」


 呆れたように呟く美月だけど、私はその言葉に違和感を覚える。

 そもそも女の子に興味がなければ、その場に来ることはないはずだし、それに彼の言った『君とは付き合えない』という言葉。あえて『君とは』と言ったのは、女の子に興味がないのではなくて、私に……興味がない……。


 そこに思い至ると、何だか急に腹が立ってきた。


 私の想像が正しいとすれば、勝俣くんは女の子自体が嫌いなんじゃなくて、私(たぶん美月もだけど)に関心がないことになる。いや関心がないだけじゃない。

 告白されても、面倒だとしか感じてないとしたら……。

 それを認めるのは、私のプライドが許さない。

 すでに振られた、ということに対する悲しみを遠くへ追いやって、アイツを見返してやりたいという想いだけが膨らんできた。


『……このままでは済まさないわ』


 テーブルに載せた両手の拳をぐっと握りしめて誓うのであった。


『絶対、アイツを振り向かせてやる!』

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