亡命

スイス


1946年12月7日 PM9:20

スイス

バルトベルンホテル



「どうだ」

「敵歩哨は24。レジスタンスの情報より少ないです」

「ふむ、怪しいが……今更か。予定通り行く」

マーティン・ヴェルズリー大尉とパット・コンティ少尉の会話が聞こえてきた。

 スイスの冬の夜は極寒だった。寒さを堪え、双眼鏡を取り出す。

 双眼鏡を覗くと、スイス山中にあるホテル、バルトベルンホテルが見えた。

 スイスにおける名門ホテルのひとつだが、今はナチス・ドイツ軍に接収され、司令部に使われている。

 歩哨が2人1組で、ホテルの周辺を歩き回っていた。他にもドアの前など、固定配置の警備兵がいる。

 ホテルの前は投光器で照らされ、トラックやノイ・キューベルワーゲン、それに機関砲を装備した装甲車が何台か停まっていた。

「レジスタンスの攻撃まであと何分だ」

「あと……4分です」

「よし。全員、武器を再チェックしろ」

 私は双眼鏡をしまい、武器をチェックした。

 潜入装備として、サプレッサー付きのコルト・ガバメントOSS仕様、サプレッサー付きのウィンチェスターM21サブマシンガン。それに各種手榴弾。全員がほぼ同じ装備だ。

 ジョンソンがM21サブマシンガンの弾倉を付け直し、十字を切る。ジョンソンが戦闘前にいつも行う“儀式”だった。

「よし……あとはレジスタンスがやるのを待つ」

 ヴェルズリー大尉が¨nncのセーフティを外し、ホテルを見やる。


 我々、OSS特殊任務班Eチーム(エコーチーム)は、スイス山中のバルトベルンホテル近くにある森の中で、レジスタンスの攻撃を待っていた。

 スイスは中立を宣言していたが、イギリス以外の欧州全土を占領し、ソビエト連邦もウラル東方へと追いやった、強大な帝国へと変貌したナチス・ドイツに侵略された。

 D-DAY、つまりノルマンディ上陸作戦に失敗した連合軍は、もはやナチス・ドイツ軍に対し、打つ手が無くなりつつあった。

 新型のジェット機により、空の優勢は覆り、それどころか大西洋を渡れる重爆撃機によりアメリカ本土が脅かされていた。

 ナチス・ドイツ軍の異様な技術発展は、それこそオカルトで、連合国側の技術より遥か先を進んでいた。

 技術的にも大きく不利になる中、あるナチス・ドイツ軍技術将校が亡命を望んでいるという報告が連合軍に舞い込んできた。

 連合軍は、この吉報を逃すはずもなく、すぐに亡命と、それに伴う手続きを始めた。

 そして、我々が派遣されたのだった。

 スイス・レジスタンスの陽動作戦の中、バルトベルンホテル内にいる技術将校と共に脱出、フランス南部沿岸まで辿り着き、待っている潜水艦でアメリカへ。

 壮大な作戦だが、およそ成功する確率は低かった。大規模な部隊を投入する訳にもいかず、各地に展開する特殊部隊やレジスタンスの小規模な支援しか期待出来なかった。

 それでも、技術将校の獲得はナチス・ドイツ軍の技術解明に大きな影響がある───連合軍はそこまで追い込まれていたのだ。



 爆発音がした。

 続いて連続した銃声と警報が鳴り響き、ドイツ兵達が慌ただしく動き始める。

「始まった。行くぞ」

 ヴェルズリー大尉が立ち上がり、移動する。

 私とジョンソン、それにコンティ少尉もそれに続く。

 レジスタンスは迫撃砲を持っているようで、ホテルの前に並んでいる車列に砲弾が落ち、次々と派手な爆発を引き起こした。

 我々は森を出て、ホテルの裏口に向かい、警備に当たっていたドイツ兵を撃ち殺した。

「死体はそのままでいい。時間がない」

 裏口から侵入し、メンテナンス用の階段を上がり、ホテルの3階を目指す。3階の312号室に亡命を希望する技術将校がいる筈だ。

 3階に上がり、私は廊下をミラーで確認した。MPー40サブマシンガンを持ったドイツ兵が4名、ドアの前に立っている。

 私はハンドサインで状況を伝えた。

 ヴェルズリー大尉がサプレッサー付きのM21サブマシンガンを構える。全員がそれに倣ってM21を構えた。

 ヴェルズリー大尉が手を振った。

 ジョンソンが廊下に躍り出、M21を連射する。私も続いて飛び出し、M21をドイツ兵に向けて放つ。

 ドイツ兵達は突然の攻撃に、銃を構える間もなく倒れていった。

 10秒以内の出来事だ。

 ドイツ兵達が固めていたドアには、312号室と書かれていた。

《おい、どうした!?》

ドアのむこう側から、ドイツ語が聞こえてきた。

《おい、 マックス? マックス! 返事をしろ!》

「不味い、出てくるぞ」

我々はドアの横で身構える。

 と、何発かの銃声が部屋の中から聞こえ、ドアが開き、1人のドイツ兵がドアにもたれ掛かりながら倒れてきた。背中に血が滲んでいる。

《アメリカ人?》

 女の声だった。ヴェルズリー大尉が《ああ》とドイツ語で答える。

「アーロン、亡命を希望する技術将校か訊け」

 私はドイツ語で尋ねる。

《アメリカに亡命を希望する技術将校か?》

《ええ。部屋には私以外居ない》

「部屋には女以外居ないようです」

「よし、入れ」

 ヴェルズリー大尉がさっと手を振り、私とジョンソンがサブマシンガンを構えて部屋に入った。

「クリア」

「よし、ジョンソン、ドアの外を見張れ。コンティ、レジスタンスに今の状況を確認しろ。アーロン、こっちに来い」

 ドイツ兵の死体をまたぎ、女に近づく。

ナチス・ドイツ軍の真っ黒な軍服にコートを着込み、片手にルガーを持った、黒髪に青い瞳の若い女が立っていた。

《亡命希望者か?》私は尋ねる。

《ええ。ベアトリクス・ディーズラー少将》

「亡命希望者のベアトリクス・ディーズラー少将と」

「事前情報にあった、亡命希望者の名前だ。ウェンリントンの息子は?」

《ウェンリントンの息子は?》

《カナリアに》

「カナリアに、と」

「よし。ここを出るぞ。コンティ、レジスタンスは?」ヴェルズリー大尉がコンティ少尉に訊いた。

「敵の反撃にあっているようです。これ以上は持ちこたえられないと」

「わかった。あと少し持ちこたえろと伝えてくれ。行くぞ。ジョンソン、先導しろ」

 ディーズラー少将が鞄を持ち、ルガーを腰のホルスターに戻した。

 我々は部屋を出て、メンテナンス用の階段に向かおうとした。

《おい、お前たち》

背後でドイツ語の濁った声が聞こえた。

「!」

 コンティ少尉がM21を連射し、廊下の曲がり角で慌てて銃を構えようとしていたドイツ兵を撃ち倒した。

 ドイツ兵の銃が火を吹き、何発か天井に命中する。

「まずい」

 我々は急いでホテルから出る。今の銃声で建物内にいる警備は上に上がってくるだろう。ディーズラー少将が居なくなったのにも、すぐ気づくはずだ。

「ここからは……」

 突然、金属の金切り声が辺りに響き渡り、思わず全員が耳を押さえた。

「な、なんだ」

「た、大尉。あれは」

 ジョンソンが森の方を見上げた。

 高さ20メートルはあろうかという鉄の巨人が、森に立っていた。

《ゴリアテ……》

 ディーズラー少将が呟く。

《ゴリアテ?》私は聞き返す。

《ええ、あれは開発中の新兵器。何故、こんなところに》

 ゴリアテは腕を上げ、カバーを開いた。ネーベルヴェルファーのような発射器が何個かせり出て、ロケットを連続発射した。

「いかん、レジスタンスが」大尉が舌打ちする。

森にロケットが着弾し、爆発音を轟かせる。ゴリアテは機関砲も装備しているらしく、レジスタンスが展開する森に撃ち込んでいた。動く度に金属の金切り声を上げている。

「大尉、脱出しましょう。レジスタンスもあれでは……」

 コンティ少尉がヴェルズリー大尉に言った。

「ああ、そうだな。車輌に乗り込め」

 裏口に置いてあった幌付きのノイ・キューベルワーゲンに乗り込み、ジョンソンがハンドルを取る。エンジンは一発でかかり、ジョンソンは勢い良く発進させた。

「脱出だ!」

 ゴリアテがレジスタンスを蹴散らすのを尻目に、我々はホテルを後にした。







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The Sword of Spirit @Major-No-Body

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