第29話 伏鳥さんはくたばりたいっ!その③

「こっちはダメだ!そっちは?」

「居ない。杉本達が呼びかけてるけど何の反応も無い」

「ちくしょう!なんでこんな事になっちまったんだよ!」

「吉野様、気をお確かに。お嬢様と橘様を二人で山に向かわせてしまった我々に責任が有ります。せめてこの発信機を持ち歩いて居てさえいれば」

「権多さんが林で見つけたヤツか。片岡部隊、こちらも成果なし」

「同じくこちらもふたりの姿は見つからず。後から県警も応援に来ると言ってましたけど、これだけの人数で探しても見つからないなんて」

「遭難の線は薄いと思われますね」

「ハルちゃん。それはどういう事?」

「あの山の頂上付近を見てください。土が削れてるでしょう?あちこちで同時多発的に土砂崩れが起こっている。巻き込まれてどこかで生き埋めになっている可能性が高いです」

「そんな……」

「これだけの大雨だ。どこが新しく盛られた土かなんて判る訳ねぇだろ!」

「落ち着いてくださいヨシノくん。この悪天候では私達がこれ以上捜索を続けるのは効率的ではないです。更に犠牲者を出す結果になるかもしれない。ここは県警の人達に任せて雨が止むまで屋敷に戻って身体を休めましょう。大丈夫です。タチバナくんには不死身のフシが着いてます。皆さん集まって。さあ、こっちへ」



 柔らかい土を踏みしめるたくさんの足音が聞こえるね。でも誰もあたし達がこんなに近くに居るなんて気付いてないみたい。ほら、足音が遠くなってく。さっすがハルちゃん。あたしが仕掛けたトリックにすぐ気付くなんて。でも詰めが甘いよねー。見つけられっこないよ。絶対に。県警がこっちに向かってきても悪天候ですぐに捜査は打ち切り。夜には雨が上がって夏の太陽が濡れた土の表面を乾かしたらどこが新しく盛られた地かなんて判りはしないんだから。


 天然製のあたし達ふたりの棺桶。お世辞にも綺麗とは言えないけど、あたしが眠るには充分すぎるくらい贅沢。


――遠馬。

 貴方と出会えてあたしは本当に良かった。

 死ねない自分の身体に悩んで日々、消える事ばかり考えていたあたしを人間扱いしてくれた初めての人間の雄。貴方と一緒にフシとしての生涯を終えられる事をいとおしく思うよ。


 フシとして永年生きてきた中で色々な人間の世界を見てきた。


 ヒトをヒトたらしめる種としての繁栄、友好、闘争、破滅、再生。そのサイクルを繰り返す中で人間達は皆、あたしが持つ永遠を欲しがった。近寄って来た人間達はあたしの神経をナイフで削るようにして傷つけ、そして知らない内に死んでいった。


 ねえ遠馬。聞こえてる?すっかり顔の表情筋が浮き出て皮膚が乾いちゃってる。

 無理も無いか。キミはこれからあたしの口から酸素やその他の栄養を受け取って生きるしかないんだから。


 見てごらん。彼岸花の根が伸びてるよ。蟲達がこの毒を嫌がって近寄ろうとしないからしばらくは衛生的。他の埋葬と比べて土葬は肉体が崩れるまで時間が掛かるからね。綺麗なままの遠馬を一番近くで見ていられる。こんな幸せは他にないよ。


 フシは歴史的に彼岸花の毒が苦手。あたしは時間を掛けて耐性を取り入れたけど、もう身体を直す力は出てこないや。

 でも大丈夫、心配要らないよ。あたしは土に埋もれた美しきフシの女王様。そしてキミは立派なフシの王として天国に旅立つ事が出来る。


 人の一生は短すぎると思わない?


 生涯の内に持ちうる意識、感覚、感情、記憶、知識、経験。

 そのどれもが人の一生におけるかりそめの“状態”でしか無いんだよ。死んでしまったら全部終わり。のこした日記も歴史も伝言ゲームで誰かの都合の良いものに成り代わっていく。


 もし生き永らえる間にその全ての状態に飽きてしまったとしたら?


 知識をむさぼり、美しさに浸り耽った。その後に残るのはいつだって余白。あと少しがどうしても埋まらない。独りでは得られる成果報酬には限界がある。


 あたしは永い間考えた。フシとして生きる中で遺せる状態とは何か。生涯という砂上の楼閣の後に残るのは自分以外の誰かを想う本質だけ。


 その本質を伝えられる相手を探していた。誰でも良かった訳じゃない。あたしを理解してくれる、強く想ってくれる遠馬に出会えて本当に嬉しかった。


 フシとしての自分の一生に意味を持たせたかった。

 だから一番綺麗なあたしで、一番楽しい瞬間に死にたかった。一番愛してくれる人のすぐそばで。その機会をずっと探していた。


 だってさ、


 あたしはもう疲れ果てていた。フシなんて辞めてとっととくたばってしまいたかった。人のように自分の死に方を選ぶ事の出来ないうんざりするほどの長い余白。どうすればフシたらしく死ねるのか、ずっと考えていた。


 でもそんな風にうじうじ悩むのはこれで最後。

 遠馬、大好きだよ。嫌だ、眠ってるなんて嘘。せっかくのあたしの告白、聞こえないフリなんてしないで。人として死ねるあたしにキミは永遠をくれる。


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