第28話 伏鳥さんはくたばりたいっ!その②

 衣裳部屋でハルは俺に言った。


『不死身であるフシを殺す方法がある』と。


 長年防人として活動してきたハルによる投げやりとも言える提案の数々。そのどれもがコミックで見かけたような非現実的な、実用的なモノではなく、どの話にもまともに取り付く島がなかった。


 でも、自分がその状態に陥って気が付いた。


 なぁんだ。簡単な話じゃないか。


 銃で身体を打ち抜いても、その身を火で焼き尽くしても死なない不死生物ゾンビ

 昔話でも西洋伝記でもそれらの殺戮方法の定番は決まっている。


 動かなくなった身体を土の奥深くに埋葬して機能が停止するのを待つだけだ。



 暗い、深い大地の底。


 乾燥から瞼をひりつかす痛みを堪え、俺はゆっくりと目を見開いた。土砂に飲まれる際に目に強い衝撃が加えられたのか、焦点がぼやけて視線が安定しない。


 事故発生からどれくらい経っただろうか?容態はどうだ?怪我の具合は?損傷している箇所はないか?次から次へと湧き出る疑念。自分の状態を確かめるように深く息を吸い込んで指を動かしてみる。散漫だった意識がすこしずつ戻ってくる感覚。


 俺は土砂の中で仰向けの姿勢で生き埋めになっている。上から強い圧力がかかっているのか、下半身の自由が効かないが身体を何かが貫いているような鋭い痛みや、腕が逆方向にひん曲がったり、血が滴っている様子も無く重傷は負っていない。それとも痛みを感じないほど感覚が麻痺してしまっているのか。


 息が吸えたという事にはまだここには酸素がある。俺の身体はまだ、現世に置かれている。地中ではあるが、ここはまだ天国ではないようだ。いや、位置的には限りなく地獄が近いか。


 とにかく状況を把握する必要がある。麗香は?土砂に飲まれる間際、あいつは俺に抱きつくようにして一緒に崖の下に投げ出されたはずだ。


 目のピントが環境に馴染み始め、目の前に橙色が浮かぶ。土の中は思っていた以上に明るい。暖色の視覚効果もあってか肌寒さを感じない。麗香はどうなった?もし俺が最後に見たままの状態だったとしたら。下半身への強い負荷を思い出す。


 居た。なぜ、今まで気が付かなかったのか分からないくらいすぐ近くに。


 俺の身体に上から覆いかぶさるようにして麗香の身体が密着している。俺の腰から下に強い圧力が掛かっているのは麗香の足元が土の奥に埋まっているせいなのだろう。


――麗香、麗香。声を出そうにも口が開かず喉が引き上がらない。土を被る際に麗香の上半身が圧迫して俺の肺が押しつぶされているのかも知れない。視線を上げ下げしようにも首が曲がらない。打ち付けられた時の衝撃と土の枕に持ち上げられて頚椎もどこかを損傷しているらしい。


 怪我の程度を少しずつ認識し始めると、じんわりとした痛みが身体の末端を侵食するように訪れて来た。人間の意識というものは怖ろしいな。実感して麗香に目を戻す。


 麗香は薄く目を開いたまま微動だにしない。フシの特性上、死んではいないだろうが頬や肩に獣に掻かれたような傷が血を滲ませ、額の右側に木の枝が杭のように皮膚を貫いて体内へと差し込まれている。美しくない。手がそこまで動けば引っこ抜いてやりたい。


 ふと麗香の頭上にこぶし大程の空間が造られているのを見つけた。埋まる際に土砂が身体を囲むように固まったせいだろうか。指一本程度の空間ではあるが、重なる俺達の身体を中心にしてドーム型に空気が包み込んでいる。それに関してはツイている。しばらくは生き永らえるだけの空気はある。後はこれがどの程度持つかの勝負だ。


――埋められてどのくらい経つ?どのくらいの深さで埋められている?救助はこちらに向かっているか?生きるか死ぬかのデッドポイントは俺のすぐ傍まで近づいているに違いない。


 まず、誰かがこの事故に気付いて助けに向かって来ている。この線で助かる見込みは薄いと考えていいだろう。


 麗香は石段を下ろうとしたあの時、茂みに発信機を投げ捨てていた。権多さん達がこの場所に気付いて見つけてくれる可能性は低いと考える。


 埋められた深さと経過時間についてはこの状況では把握する事は出来ない。ズボンのポケットに携帯電話が込められているがおそらく衝撃による破損か、土に埋もれて壊れているだろうし、何より地中で現在時刻を確認する、というのがシュール過ぎる。……冗談を言っていられないのは分かっている。指はどの程度動く?


 腰の高さで固定されていた左手の指を携帯電話の入っているポケットへ曲げようと試みる。が、動かない。身体の周りを土がギプスのように固定していて関節を曲げる事が出来ない。


 指先で手元の土を掘る。ここはほのかに柔らかい。しめた。砂が混じり込んだ土石流が大雨を吸って粘土質に変化している。これなら土を掘って地上を目指す事も……。


 いや、ダメだ。それだと身体は地中の下へと沈んでいくだけだ。新たに空気の層を作る事が出来るかも知れないがその掘る作業によって吐き出された二酸化炭素が更に寿命を縮めるハメになる。


 何か道はあるはずだ。助かるための方法が。


 中指を反らせて爪を麗香の肌に弾くように触れてみる。何度も繰り返すが麗香は眉一つ動かす様子は無い。


 せめて麗香が意識を取り戻してくれさえすれば。


 地中の深くで俺と麗香の命のせめぎ合いが始まった。


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