第20話 伏鳥さんは叫びたいっ!その③
学園祭二日目は晴天に恵まれた中、開催された。
俺達が製作した校門のアーチをくぐった校庭のすぐ横に小規模な特設ステージが設立され、二日目の開演開始から止む事無くそのステージ横に配置された大型スピーカーから音楽が流れ出している。ステージではダンスや軽音バンドと言った音楽を中心とした学生達のパフォーマンスが行われ、中にはラップを披露したり漫才風のコントをし始める連中も参加していた。
分刻みで目まぐるしく演者がステージを入れ替わり、友人である片岡がギターを務めるロックバンドがふてぶてしい態度でステージの横から現れた。俺の隣に居たクラスの女子がその場のノリでスタンドマイクの前で楽器のチューニングをするバンドメンバーに声援を贈っている。別のクラスの顔見知りである長髪の中心人物がマイクチェックを終えて「よろしく」と裏方のスタッフに振り返るとドラム担当の野太いカウントと共に演奏が始まった。
このように我が校の学園祭最終日は生徒達による自由な発想の出し物が中心に行われる。来賓や一般の参加者も招かれる為、この二日目だけ露店を出すクラスも多い。著名な大学教授の公演が視聴覚室で行われるという事でその人物目当てで来訪した優秀そうな学生や、不埒な目で女子高生の品定めをするナンパ目的でやってきた他校の男子生徒などで校舎は人でごった返している。
そんな、どこの世界にでもある、ありふれた私立高校の学園祭。
ふと視線をステージに戻すと演奏中のバンドメンバーを観客達の失笑と溜息がやんわりと包み込んでいる。片岡が『ループ&ループ』のギターソロをとちったのだ。
俺は楽器を一切演奏出来ないので、後から本人に聞いた話によるとこの曲は単調なコード進行が延々と続き、彼がミスったギターソロが唯一の見せ場であったらしい。終始よれ気味であった伴奏をフロントマンが楽器を振り回すように弦を弾き下して演奏を締めると至る所から観客達のまばらな拍手が鳴った。俺が遅れて手を叩いているとバンドメンバーがそれぞれ感謝の言葉を一口ずつ述べてステージを降りていく。
俺はその姿を見て湧き上がる不思議な高揚感と彼らに対しての少しの憧れを抱いた。もし俺も彼らと同じように楽器を演奏する事が出来てバンドを組むとしたらどんな曲を演奏するだろうか。俺はバンドを影から支えるポジションでボーカルはやっぱり麗香が良い。曲は英詞でジャズ調のポップスが似合いそうだ。俺の堅実な楽器演奏に麗香の華やかなビジュアルで観客を魅了する。このようにして世のロックバンドはステージに上がれない無力な青少年達の『ぼくがかんがえるさいきょうのばんど』話の空想として消費されていくのである。
「何呆けた顔で突っ立って居るんですか?次の演者発表なら機材チェックでしばらく休憩ですよー」
ひとりでステージを眺めている姿がよほど滑稽に映ったのだろう。後ろからハルが久しぶりに声を掛けてきた。彼女も一人であるらしく閑散とした立ち見スペースで並びあうようにして歩み寄ると「○×クイズに参加してきたんですよ」と自分から午前中のアリバイを話してきた。
後で演目パンフレットを見直すとグラウンドのタイムスケジュールには自由参加によるスペースを最大限に活用した二択クイズが開催されると記述されていた。ハルはどうやらイベント内容に納得が行かなかったようで口を尖らせて愚痴を溢している。
「まさか『レオン』のマチルダと『スター・ウォーズ』のアミダラ姫の女優が同じだなんて知りませんでしたよ」
「ああ、ナタリー・ポートマン。一般常識だろ。映画が好きなんじゃなかったのか?」
「洋画は専門外なんですよ」
俺がからかうとハルはぷいと横を向いた。問題の難易度的にどうやらかなり序盤の問題で脱落してしまったらしい。後ろからどたどたと俺の名を呼ぶ人物が近づいてくる。
「よー、橘。こんな所で油を売ってたのか。坂神も機材の予算出してくれてサンキューな」
額に捻り鉢巻をはめた吉野が馴れ馴れしく俺の肩を叩いてくる。その笑顔を見るに屋上で開かれている我が一組の露店の売れ行きは好調であるらしい。シャツの裾を捲って汗が光る吉野の二の腕から視線を逸らしたハルが「別に私が出したお金じゃないですし」ともじもじし始めた。本題を思い出したようにあっ、と口を開いて吉野が俺に言ってきた。
「そろそろ体育館でミスコンが開かれる時間だろ。彼氏として見に行ってやれよ」
そうだった。今日は麗香が出演する学園ミスコンテストが開かれるのである。自薦他薦あれど、自分が校内で一番の美女であると大勢の前で言って退けるなんておこがましい話である。吉野はそんな俺の疑問などどこ吹く風で「早く行けよ」と俺を押し出すようにうざったく背中を叩く。
客演を終えた片岡が頭を掻きながら自分のミスを誤魔化すように声を上げて歩いているのを見かけると吉野が彼を呼んで走っていったので、残された俺はしょうがなく校舎に向かって歩き始めた。少し後ろを落ち着かない様子でハルがついて来る。
「フシの歴史から紐解いてアレは大勢の前に立つことに慣れていませんから。人前で思わず新しい弱点を見せるかも知れませんからねー。お手並み拝見と行きましょうか」
強引な言い訳を述べながら隣に居るハルが下駄箱で靴を履き替えている。このイベント好きのポンコツ防人め。お前がいうアレは過去に名古屋で水商売をやってたぞ。廊下を歩いているとイベント開催を知らせる大仰なBGMが鳴り響いてきた。
「レディース&ジェントルメーン。我が校のさいかわ女子高生は誰だ?皆さんお待たせ致しました。本日のメーンイベント、ミスコンが始まります。見学者はすぐに体育館までヒアウィーゴー」
聞き覚えのある声でテンションの高い校内放送が鳴る。俺達が体育館に足を運ぶとステージの上で流行の芸人のような格好をした手越先輩がマイク片手に奇声を張り上げている。もうすっかりそのキャラで卒業まで行くことに決めたんですね先輩。見晴らしの良い場所で感慨深く腕を組むと裸の上半身にレザージャケットを一枚羽織った手越先輩が小指を立ててマイクを握り締めた。
「はい、持ち時間一杯という事で。司会役の手越慎太郎です」
先輩が客席に頭を下げると女子を中心とした声援がその身に浴びせられる。色々と噂が一人歩きしているがこのような舞台を任せられるだけの人望はあるようだ。ステージの脇に十人ほどの審査員がパイプ椅子に座っていた。その顔ぶれはあまり乗り気ではないように見える前田先生であったり、警備員のおじさんであったり、購買部のおばさんだったりした。公平な審査を期待したい。
BGMが鳴り止んで体育館の窓に勢いよくカーテンが引かれ、照明が落とされた。
一瞬の静寂と暗闇がステージを包み込むと格闘技のMCのような言い回しで手越先輩がミスコン候補者の名前を呼び上げていく。発声の良い先輩の演出は祭りごとという空気を孕みエンター性があって愉快だった。
場を盛り上げる音楽が鳴り、ステージの奥から照れくさそうに候補者が現れ、観客達が拍手を贈る。良く知る顔の候補者であるひとりが中央でポーズを決めると手越先輩がマイクを口に近づけて候補者の紹介をカンペ無しの“そら”で読み上げて沸き立つ空気をその巧みな話術で炊き点ける。
「まず最初の候補者は一年のギャル生徒会長、杉本イチカの登場だー!役職は書記だけど細かい事は気にしな~い。見た目はガングロ、中身は清純。低予算と戦う生徒会長はなんとこれまで彼氏ナシ。欲しがりません勝つまでは。スカート丈膝上の三十センチの純情見せろ。毎晩お世話になってます。ありがとうございますやでホンマ。お前たちもこの機会に礼言っておけ!」
手越先輩の司会回しが終わると次々とポーズを変える制服姿のイチカに男臭い声援が浴びせられる。壇上からスカートの中が見えてしまわないか心配だ。
「さあ、次の候補者は不死身の女神」
馬鹿司会の前口上を受けて思わず視線がステージに上がる。フリフリの真っ赤なドレスを着た麗香が観客に向かって両手の平をかざして笑顔を振りまいている。踵の高いヒールが持ち上げているフレアスカートの下からふわふわの
「完全に優勝するつもりで来ましたね。あのフシ」
俺の隣で呆れたようにハルが呟いた。ほとんどの生徒が制服姿で参加する中、麗香の格好は明らかに目立ち過ぎである。遠くから見えてもはっきりと判る厚化粧で口には印象的な紅が引かれている。フシは一般的に人間社会に馴染まないとハルは言っているがステージでの落ち着いた華のある振る舞いはさすがに年の功というべきか。本人に言ったら怒られるかも知れないけど。
「注意欠陥からその身に負った傷は数知れず、しかしすぐに立ち直る不思議系天然少女。代謝の良い柔らかダイアモンドボディはそう簡単には傷つかない!」
司会の手越先輩がテンション高く麗香の紹介を始めた。噂の情報源はおそらく麗香のクラスメイトによるタレコミだろう。矛盾を繰り返す独特の言い回しが麗香の一貫性の無い言動を表しているようで面白く、思わず噴き出すと麗香が客席の俺に気が付いたようでこっちに向かってぶんぶんと黒い薄グローブをはめた右手を振った。目立つから止めて欲しい。
「彼女の入学以来、校内外問わず有象無象の男達が彼女に交際を申し込み次々と撃沈轟沈。あ、恥ずかしながらワタシもそのひとりであります。彼女の憩いの場である中庭、屋上には目を背けたくなるほどの死屍累々。さあ誰か俺達の仇をとってくれ。死体の山を乗り越えてあの大きな揺れる二ツ峰を目指すんだ」
相手によっては訴えられるレベルの直接的な手越先輩の紹介が終わると観客達が盛大な拍手を麗香に贈る。その後も上級生の候補者がステージの上を華やかに彩るが、端から見ても麗香の美しさは際立っていた。全ての候補者の紹介が終わると手越先輩の質疑応答が始まった。
「えー、一年の杉本イチカさん。今履いているパンツの生地を教えてください」
「やだー、先輩最低ー」
イチカの拒絶ぶりを見てかぶりつきで眺めていた男子生徒達が手越先輩に親指を下げてブーイング。場の盛り上がりによって過度のセクハラ質問に対しても観客達の大きな反応が
「えー、続きまして伏鳥麗香さん」
麗香の前にマイクが向けられて客席の視線が移り変わる。麗香の視線はさっきからずっと俺に向けられている。その空気を読んだのか、手越先輩は麗香にこんな質問をした。
「麗香さん、入学して早四ヶ月にして男泣かせとして有名ですが今お付き合いしている男性は居ますか?」
「はい。居ます」
明朗な麗香の発声を受けてどよめく客席。おいおい勘弁してくれよ。頬を掻く俺に対して視線を逸らす事無く、奪い取ったマイクを握り締めて麗香は声を張り上げた。
「遠馬、大好きだーーーー!!」
進行状況を無視した突然の大絶叫による麗香の告白。拍手が体育館中を包み込み、視線が俺に降りかかってくる。勘弁してくれよ。こんなの新手のいじめじゃないか。苛立って視線を上げるとステージから麗香の姿が消えている。目の前の人垣が波分けられると細い指が手に掛けられて掌が握られた。
「行こっ、遠馬。ふたりでまだ知らない誰も居ない所へ」
そのまま俺の手を引いて会場から走り出す麗香。「パフォーマンスとして愛の逃避行ですか。若さですねー。羨ましいです」隣に居たハルのジト目が遠くなっていく。みっともないだろ?俺だって男としてこんな風に女に振り回されのはご免だ。
でも。スカートを持ち上げて玄関をくぐる彼女の姿を見て物思いに耽る。麗香、お前とだったら悪くないかもな。今まで生きてこんなに刺激的な季節は初めてだ。お前と出会えてから俺も鬱蒼とした退屈な日々から抜け出せたような気がするよ。
校舎を出て人気の無い場所で立ち止まって見つめあう。突き抜けるような青空の下で俺達は初めてキスを交わしたんだっけ。
通り雨が降り止んで空に新たに入道雲。俺達の夏はまだ、始まったばかり。
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