第15話 伏鳥さんは試したいっ!その②
居間にハルを招くと俺はキッチンでお湯を沸かしている間に洗面所からタオルを持ってきて椅子に座るハルに手渡した。突然雨が降ってきたらしく衣服はそこまで濡れてはいなかった。ありがとうございます、とぺこりと頭を下げるとハルはタオルで髪をごしごしと拭き始めた。テーブルの向かいに置かれた椅子の背もたれに手を掛けて俺はハルに本題を聞き出した。
「で、何のつもりだ?わざわざ家にまで来て。フシ関連の忠告だったら、学校で言えばよかっただろ。隣の席なんだし」
「そんなんじゃないです。私もひとりの女の子です」
きっ、と似合わない鋭い視線が返ってきて少し可笑しくて含み笑いを堪える。“坂神ハル=フシから人々を守る防人”という図式は俺の中ですっかり完成されていて、ハルも俺に対して“フシの近くに居る洗脳されている一般人”という見方を持っている筈だ、と思っていた刹那、意外な言葉がハルのちいさな唇から漏れて出た。
「私、その、、、橘君のことが好きになっちゃたみたいです」
ピャーーー、とキッチンの奥からお湯が沸く音が家中に響く。
ちょっと待て、とけん制して沸騰したヤカンを取りにひとりでキッチンへと歩く。どういう風の吹き回しだ?火を止めて心を落ち着かせる。フシである麗香と過ごすうちに俺の内面からあふれ出す男らしさがフシと敵対関係にある防人であるハルの心を溶かしたという事か。男勝りの怪力がピックアップされがちな坂神ハルではあるが、心はやはり女子である。こうしてわざわざ俺の家まで来て自分の思いを伝えにきた……やばいな、これ。何気にモテ期到来じゃないか。
「あの、すいません。お茶は結構ですので、シャワーを貸してもらえませんか?」
後ろから声を掛けてきたハルにバスルームの場所を指し示すとハルは頬を赤らめてその方向へ歩き出していく。奥の扉が閉まる音が聞こえると俺は頭を抱えてテーブルの上に顔を伏し付けた。
どうする?どうするよ、橘遠馬。つい先日麗香と屋上であんな事があったばかりじゃないか。廊下の向こうからはシャワーの流れる音が響いている。防人は先祖代々から継承されてきた職務。末代のハルにだって男子に対して恋愛感情を持つことはタブーとされてはいないのだ。むしろこの俺が犬猿の仲であるフシと防人の間を取り持つ架け橋となれるのではないか。そんな妄想を繰り広げているといつの間にか水の音が止んで居間の扉が開いた。
「バスタオル、置いてあるのを使わせてもらいました。今後、何かの埋め合わせをするのでご容赦をー」
目の前を裸体にバスタオル一枚を巻きつけたハルが歩いてくる。思わず胸元に目が行くがすぐに視線を外してふっと笑った。つるつるぺったんの胸に幼児体型なぷっくりと盛り上がった尻。大きめサイズのタオルの丈は余ってひざの方まで巻かれているから昔の映画に登場するミイラのようだ。
「あ、いま私の身体を見て笑いましたね!?ふ、ふーん。これを見ても私の魅力に耐えられますかね?」
ハルは少し慌てた様子で俺の隣の席を引いてそこに足を組んで座った。イマイチつかみが弱かったセクシー大作戦を最後まで遂行するつもりだ。湯上りのほっこりした良い香りがハルの身体から湯気を通して伝わってくる……!
「そうじゃないでしょ!この私の姿を見て何か感想はないですかー?」
「んー。いや、お前肌きれいなんだなって。そういうのすごい魅力的だと思うよ、うん」
馬鹿にされたのが悔しかったのか、わかり易く片方の頬を膨らますとハルはもー、と立ち上がって俺に近づいた。おい、何をするんだ。と問い掛けるとハルは俺の膝に上にちょこんと座り始めた。
「どうです?これだけ密着されたら少しは私に対しての見方が変わってきたんじゃないですかー?」
ハルの息遣いがタオル越しに触れ合う肌を通して伝わってくる。ハルはすかさず俺の股を開くと膝の間にその細いおみ足を通して腰を動かした。おい、止めろ。さすがに腰を使われるとは思っていなかった俺は混乱気味にハルに声をあげた。
「止めろ!それ以上やると噛み付くぞ!」
ぱたり、とグラインドを止めてすぐ近くで俺の顔を見上げるハル。その表情は驚きと呆れがミックスされたすっぴんの感情だった。
「えっ、噛み付くって何処にですか?それは流石に女の子側としては引きますよ」
すくっとその場から立ち上がるハル……そうだ、それでいい。とりあえず神聖なお茶の間を汚すことなく見苦しい姿を晒さずに済んだ。
テレビをつけると金曜ロードショーが映り、放送二十何回目かの国民的アニメが放送されていた。ハルはそのヒロインとセリフを一字一句暗記しているようで話の展開を知らない俺に対して
「おばあちゃんが田んぼでサンダルを見つけたのは制作側によるミスリードですよ。そんな事も知らないんですか?」
とマウントを取りに来たので頭をはたいてやった。ハダカのままにするわけにはいかないのでハルには俺が中学時代に着ていた体育ジャージを着せている。下着はもちろん女性モノなど持っていないので、母の部屋からとりあえずサイズが合うものを見繕えよ、と指示を出してやった。主人公の女の子ふたりが無事親の元に帰ってエンディングを迎えるとソファの上でハルがふわぁ、と口に手を当てて背伸びをした。
「タチバナくん、私眠くなってきました」
「そうか。ならここで寝ろ。特別に飲み物に限り冷蔵庫を開ける事を許可する」
俺が部屋に戻ろうとすると後ろから「もう、いけずー」とハルの声が投げつけられる。まったくこんな夜分に何をしに来たんだ。時刻はもう十一時をまわっている。子供はもう寝る時間だ。俺は大人の世界への探索に忙しいのだ。尿意を思い出してトイレに向かう。そういえば、便器の前で用を足しながら学校での吉野の言葉を思い出した。アイツから借りたDVDは自宅訪問系だった。わからない人の為に言うとスタイル抜群の女性が一般男性の自宅に訪れてくんずほぐれつするアレだ。シチュエーションだけ考えたら今日のハルと同じだな。から笑いを浮かべて手を洗い自分の部屋のドアを開ける。
すると部屋のベッドの上にハルがちゃっかり陣取っていて意味深な表情を浮かべてとんとん、と自分の隣を手で揺らしている。やれやれ、馬鹿なのかよ。とツッコミながらも心の芯は密かに燃え盛っていた。こいつは何を考えていて、俺はこいつをどうしたいんだ?頭の中で色々な思いがぐちゃぐちゃに混ざり合って疲れて眠ってしまいたくなった。
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