第11話 伏鳥さんは理解ってもらいたいっ!その①
学校の裏通りに街を彩る見事な銀杏並木がある。
秋口となれば黄金色に葉を着けた木々が恋人たちの景色を飾り、その優雅さゆえにドラマや映画のロケ地としても使われ、都市の観光スポットにもなっている。
中学時代、俺はこの数百メートルのその道にひそかに夢を抱いていた。高校に進学したらこの道をいつか恋人と歩いてみたい。その夢は形式上成し遂げられたものの、俺の横を歩く恋人の伏鳥麗香は不機嫌そうに頬を膨らませている。
どうやら俺の学内での麗香に対する態度が気に障ったらしい。そう思って俺が邪険に扱った事を謝るとそんな事じゃないよ、と落ち葉をローファーの爪先で蹴り飛ばすようにして麗香はつんと視線を前に向けた。なんだよ、不正解か。女子の居る環境で育ってこなかった俺はこう行った時どうしていいかわからずにおもわず頬を掻く。
麗香とは高速道路での一件以来、身を張って守りぬいた祖父の死もあって少しずつギクシャクした空気がふたりを包み込み始めていた。ねぇ、麗香が俺にちいさく声を掛けると目の前の落ち葉がダンスを踊るように強風に巻かれて宙に舞い上がっていく。麗香は続けた。
「道路であたしが身体直してたとき、遠馬はどのへんから見てた?服を戻すところ?それともお腹を繋げるところ?」
ほのかに頬を赤らめた麗香にトラックがお前を跳ね飛ばしてから一部始終だ、と答えると麗香はその場にうずくまって「いやー」と甲高い悲鳴をあげて顔を両手で隠してうずくまった。どうやらフシとはいえ、年頃の女子としての外見を持つ上で一応の羞恥心はあるらしい。一息ついて呼びかけると麗香はばっと顔を上げて俺にとんでもない一言を突きつけてきた。
「遠馬、あたしのことオカズにしたでしょ?」
おい、人前でなんて事をいうんだ。前を歩いて社会人カップルが俺達を振り返って初々しい新人を見守る先輩のような顔をして元通りに歩いて行く。確かに破れた服の下から覗く麗香の柔肌を見つめていた事は事実だ。背中から下半身に繋がるくびれた腰にまんまるの下乳房。思い出すだけで身悶えするような美しい肢体。でもそれは事件の関係者としての責任を感じて被害者の容態を見守らなければならないと思っただけで……。
そんな
「その、なんていうの?男の人が隠れてもぞもぞするやつ。しちゃったんだー。遠馬ったら麗香ちゃんのあられもない姿を思い浮かべてひとりでしちゃったんだー。ふーんそうなのかー」
「周りがカップルだらけだから強くは止めないが今後の為にもそういう事をあまり外で言わないほうが良い」
咎めると麗香は立ち止まって俺の目を見てむっとした顔を見せる。
「そりゃ彼女だから遠馬のワガママは少しくらいは許さなくちゃと思うよ?でも許可無くハダカを見られたのは嫌だ」
そう言われてようやく気付いた。ここ数日のこいつの不機嫌はこのせいだったのか。
「あたしだって十六歳の女の子なんだよ?無抵抗のあたしのハダカじろじろ見てさ、遠馬も紳士として恥ずかしくない態度取ってよ」
珍しく麗香が俺に強い口調で想いをぶつけてくる。なんだよ、そんな言い方しなくたっていいだろ。上手く行かないフラストレーションが積み重なってなんだか周りに立つ銀杏の木までもが俺を嗤う人波に思えてきて俺は声を荒立てる。
「目に入ったんだからしょうがないだろ。言っとくけどな、お前の事なんて女として特になんとも思ってないよ。余計なお節介出して騒ぎを大きくしやがって。数百年生きてるくせに年下の男に確証の無い件で人前でわざわざ恥かかせるなんてどういう神経してるんだよ。それに今まで人間社会で世渡りしてきたんだ。別に俺以外の男の前でも裸を晒してきたんだろ?」
言ってやった。ここ数日溜め込んでいた思いの丈を全部、言ってやった。
でも言い方がまずかった。非常にまずかった。
麗香は顔を真っ赤にして珠の涙を浮かべると俺の腿に強烈なローキック。痛ぇな、と声をあげてうずくまると瞬時に背後を取られて腰に手をまわされ、そのまま身体を持ち上げられてじゅうたんの様に落ち葉が敷かれたコンクリートの上にジャーマン・スープレックスで俺の後頭部を思い切り打ち付けてきやがった。俺の身体から腕を放すと麗香は鞄を抱えて泣き声混じりにその場を走り出した。
「遠馬の馬鹿!もう知らない!」
立ち去っていく麗香と起き上がる俺を見て壮年のカップルがドラマの撮影か?なんて話している。あいつ、容赦なくブン投げやがって。後頭部を摩るが大きなタンコブが出来ただけで出血はしていないらしい。ああ、痛ぇなと患部を押さえながら歩き出すと路傍の木の影からシュッとちいさな影が俺の前にその姿を現した。
「恋人間特有のすれ違いムードですねー。フシと一般人が一丁前に修羅場を迎えるなんて。代々から防人を受け継いできてますけど、そんなの初めてです」
目の前に立つ転校生のハルが肩からスクールバッグを掛けて哀れんだ表情で俺を見上げている。ほっといてくれ。今はひとりになりたいんだ。横を通り抜けようとするとハルは俺にだけ聞こえるような小声で耳元でこう呟いた。
「私について来て下さい。フシの一番傍に居る人間として貴方はその相手について知る必要があります」
そう告げるとハルは長いスカートの丈を翻すようにしてパッとその場を駆け出した。早足でその姿を追うと銀杏並木の終わりの小道でショートボブの美少女が俺を待ち構えている。
「さぁフォロミー」
幾百年としてフシの恐怖から民間人を守り抜いてきた防人であるハルが俺を誘う。俺は彼女の後を歩きながら麗香への自分の言動を顧みた。生前に祖父から聞かされたあの話が頭のどこかに有ったのだろう。それを差し置いてもどうしてあんなに感情的な言葉を麗香にぶつけてしまったのか。
……こうなってしまった以上、このハルという女の言うとおりにするしかない。この場所まで舞って来た木の葉を蹴り上げるように苛立って道を進む。歩くのが遅いですよ、と先を行くハルの叱責が飛ぶ。
こうして俺は独特の空気感を持ったその防人の末代が呼ぶ方へ歩いていく。その道のりは一歩一歩、険しさを増していた。
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