第7話 伏鳥さんは世界を救いたいっ!その①
俺の彼女、伏鳥麗香は不死身の存在「フシ」である。
初めて聞いた時は耳を疑ったし、交際関係にある今だって信じられないが、彼女の言葉を要約すると、自分は悠久の時を生きる不死の一族の末裔だそうで、今は伏鳥麗香という名前で俺と同じ学校で女子高生をやっているらしい。
俺がやっぱり仮名だったのかよ、と呆れると「さすがに不死鳥さんは安直じゃーん?女子プロじゃないんだからさ」と聞いてもいないネーミングについての由来を語り出し、適当に話をはぐらかされた。
てか、名前に不死身要素入れるとか結構自己主張強いなお前。
その流れでお前、戸籍とかあるのか、と訊ねるとフシ特有の幾百年によって培われたネットワークがあるから区役所への偽造登録なんてお手のもの、とその同学年の女子と比べて大きな胸を自慢げに張って笑っていた。麗香がどういう生活環境で暮らしていてどういった人生を過ごしてきたかは今は知る必要はない。そう、今はこの痛みを伴う採血が終わるのを待つだけだ。
「はい、今日の採血終わり~!今日もいっぱい出たねー。遠馬」
はだけたスクールシャツの間から豊満な胸の谷間を覗かせながら麗香は俺の右腕に巻き付けたゴムチューブを外し始める。数分間の束縛から解放されるとお前が一杯に血を採ったんだろ、と痺れた腕を振る。ここ最近麗香の採血量は明らかに以前より増えていて、注射器も一回りサイズが大きくなってるし、そして何より針を差す位置が深い気がするのだ。大丈夫ですか伏鳥さん。筋肉注射じゃないんですよ。血管の場所なんてすぐには変わらないし、押し込んでもそんなに血は採れませんよ。と、注射針から俺の血を直飲みする長い髪を携えた背中に言い付けてやりたい。
てか、現役女子高生が校内に当然のようにポンプを持ち込んでいる状況が既にヤバい気がするのは俺だけか。
三階の生徒会室は前回追い出されてしまったので、今は二階にある理科実験室を校内でのふたりの逢引きの場として使わせてもらっている。もらっている、と言うのは俺たちが来るまでこの部屋は放課後、部員不足によって活動休止に追い込まれた理科部員の代わりに、スクールカースト低めのナード集団がスマホアプリやカードゲーム対戦に興じていたのだが、麗香が「この部屋カレシと使わせて~」と前回こしらえたギャルファッションにて交渉した結果、どうぞどうぞのリアクション芸人さながらにこの理科実験室の使用許可を譲り受けたのだった。該当生徒諸君、本当に申し訳ない。
夕暮れを告げる放送が校内にも響き渡り、ひと情事あったかのような艶のある表情を浮かべてブラウスのボタンをはめる麗香に「いつまでこんな事続けるんだ」と問い出さずにはいられない。
麗香とは屋上で突き飛ばした(と、されている)時に失った血が体に戻るまでの契約となっている筈だ。てか、採った血を直接口腔に含み淹れている訳ですが、ちゃんと体内に取り込めてますか伏鳥さん。俺が心のなかでツッコミを入れてやると、
「遠馬、さっきのセリフ、倦怠期のカップルみたいでいいかも」
と無邪気に目を輝かせやがる。麗香の場合は数百年生きているにも関わらず恋愛経験皆無だそうで(営業トークだ。騙されねーぞ)そういったありふれた恋人たちの日常に憧れているらしい。お前の真なる目的はなんだ、と訊ねると、
「そうだな~麗香ちゃん、フシだから死ねないワケじゃーん。だから愛する人と一緒にくたばる事かな。て言うか、なにげにタイトル回収?」
と、とんでもないメタ発言が返ってきた。やはり平均寿命八十年の一般人とは価値観がずれまくっているコイツとはコミュニケーションを取るのは難しい、なんて頭を掻いているといきなり入り口のドアが蹴破られるような強さで乱暴に開かれた。
「ちょ、何事?」
突然の大音に席をたつ麗香と俺。辺りに舞った塵埃が止むとその中から迷彩服を着た小柄な人物が革製のグローブをはめた指でヘルメットのバイザーを押し上げて俺達に一声発した。
「一応、お訊ねします。フシはどちらですか?」
細く、糸のような。それでいてはっきりとした意思を感じさせる女性の声。
後ろに居た麗香があたしだけど、と俺を庇うように前に出た。待て待て。お前らどう考えてもワケありだな?入り口に立つ女性は背負っていたサバゲーなんかでよく見るコンパクトサブマシンガンをおもむろに体の前で構えている。彼女はスコープ越しに麗香を捉えると突き放すような冷たい口調で呟いた。
「群馬の中学校に居たと思ったら律儀に卒業して都内の高校に進学しているなんて。それでニンゲンに近づいたつもりですか?このバケモノ」
「えっ?今何て言ったの?声小さくて聴こえなかった~。てか、言っちゃいけないワードが微かに聞こえた気がするんだけど」
やんわりとした口調で麗香がその声に応える。が、長い髪が自我を持った生き物のようにビリビリと張りつめた空気の中で揺れている。麗香と交際するにあたっていわゆる禁句としている言葉がある。身の危険を感じて一歩その場を立ち退いたその刹那、
「何度でも言ってやりますよ。人間をたぶらかして生き永らえる歴史上最悪のこのバケモノ」
「……プッツーン。麗香ちゃんもう知らないから。死をもって償え!」
開戦のゴングが鳴り、みるみる瞳の色が暗くなった麗香が先手を取った。
短い丈のスカートを机に引っ掛ける事なく軽やかに飛び越えると、実験台に置かれていた赤い起動ボタンを素早くタップ。すると引き出しの中からペンシルロケットを模した細いペットボトル爆弾が数機、姿を現した。俺が驚嘆の声をあげると勝ち誇った表情で麗香は武装した相手に言い放った。
「ここはもうあたしと遠馬の愛の巣なの。邪魔しないでくれるー?」
しゅるる、と音を立てて台から発射された爆弾が迷彩服めがけて飛び込んでいく。まさかこの部屋を乗っ取って数日でこんな魔改造を施しているとは。爆発の衝撃で近くにあった
「これは?......ううぅ」
呻き声をあげながらその場にうずくまる麗香。それを見て防護の為に構えていた強化盾を床に投げ捨てた女性兵が静かな笑みを浮かべていた。
「こちらとして幸運な事に爆風で傷を負ったようですね。さっきのはフシが苦手とする彼岸花の成分を溶かした液体です。これで暫くは動けないはず……!」
彼女はそう言うと俺の方に駆け寄ってそのまま手を引いて走り出した。え、何?一体何がどうなってんの?
「事情は追って話します。今はあのバケモノから逃げましょう」
再度奥側のドアを蹴破ると俺を連れて走り出す女性兵。後ろから麗香の地鳴りのような叫び声が響いて付いて来る。
「こんの、泥棒猫!あたしの遠馬を返せー!」
「少し衝撃が来ます。ちゃんと掴まっていて下さいね」
麗香の言葉を意にせず女性兵は俺の身体をお姫様抱っこの体勢で抱えるとそのまま廊下を走り抜けて窓ガラスの向こうへと飛び込んだ。
「二階です。そんなに騒ぎ立てないでください」
芝生に飛び降りると破られた窓の奥から負傷した麗香が飛ばしたと思われるロケットが奇麗な軌道を描いて植木に飛び込んでいった。
「あのフシは暫くは動けません。その間にこの場所から離れましょう」
俺にそう言うと彼女は被っていたヘルメットを芝の上に置いた。短い髪が風に揺れ、瑠璃色の瞳が情けなく地面の上に転がる俺を見下ろしている。
「さ、行きますよ。危機は去ったので自分の足でちゃんと歩いてください」
事務的な言い回しで俺にその場を立つよう、促す短髪の女性。その姿を見て俺は昔映画で観た単身、悪の帝国に立ち上がる女性兵の姿を重ねずにはいられなかった。
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