第5話 伏鳥さんはキャラ変したい?その②
「よし、こっちも準備完了。ていうか遠馬ったら既に準備万端、って感じ。それじゃ、ハメるよ」
「おい待てよ。ゴム無しでするのか。いつもしてるだろ」
「何言ってんのよ~そっかく学校でスルんだからもっといっぱい感じられた方がいいに決まってるでしょ?ん~あたしもなんだかアガってきちゃった」
「あんまり大声出すなよ。受け入れるのはおまえだ。任せるよ」
「それじゃー、遠慮なくー。遠馬の本気汁、いっただきまーす♪」
「ちょっとまったーー!!」
ふいにドアが開かれて俺と麗香に浴びせられる怒鳴り声。注射器を持った麗香の手が止まり、部屋の奥に居た俺が荒い呼吸の女子生徒を見上げてその様子を見届ける。声を出した相手は今朝、階段で見かけたギャル風の生徒。俺が麗香に目配せすると扉を掴んだままのその女子は荒い呼吸を整えるようにしてふたたび俺達に声を張った。
「ちょい、何学校でハレンチなことやってんのよ!今日は午前で授業終わりなんだしこんな所に居ちゃダメでしょ!」
彼女の正論を受け、気だるそうに麗香が立ち上がる。本人より少し背の低い金髪の女子に向き直ると冷やかすようにして麗香は両掌を頭の上に向けた。
「えー、ハレンチなことってどんなことー?麗香ちゃんフシだからわかりませーん」
「な、この場に及んで何言ってんの!……てかシャツのボタン閉じる!つーか、アンタたち現行犯だし。ふざけてると人呼ぶよ」
麗香の態度に呆れて制服から携帯を取り出したその女子をなだめるようにして俺は事態を収束させるべく落ち着いた声をかけてやる。
「すまない。こいつを許してやってくれないか。どうやら人間じゃないらしいんだ。ご覧の通り一切の常識が通用しない」
「馬鹿言ってないで早く出て行ってよ!二時からこの部屋使うんだから!」
そう言ってギャル風の少女がいそいそと六畳程度の狭い部屋に並べられた薄い机とパイプ椅子を直し始めると「今日の授業はもうないはずでしょー」と麗香がソファの背に掛けていたブラウスの袖に腕を通しながら講義の声を挙げた。
「部活も今日は禁止のはずだ。おまえの方こそ、用は無いはずだろ」
席をどかされて俺も少し苛立ちを感じて消臭スプレーを手に取ったギャルの背中に声をぶつける。「何?人を見た目で判断しようってワケ?部活はダメでもミーティングは禁止されてないし。てか、アンタ……」
話しながら振り返ったギャルが俺の顔を覗き込むようにして見つめている。
「えっ、もしかしてお知り合い?」
俺達の間に入るようにして麗香が大きな瞳で訊ねてきた。えっと、言葉に詰まりながら腕を組んだ目の前のギャルの素性を思い出そうにも出てこない……いざ、思い起こせ灰色の中学時代のダイアリー。しかし黄金色に輝くイケイケのイマドキ女子の知り合いなんてクラスにも校内にも居なかったはず。
「もう!入学早々に、しかも生徒会室に女の子連れ込んでナニしようとしてんのよ!見損なった!遠馬はもっと奥ゆかしいタイプだと思ってたのに!」
「あー、完全に下の名前で呼ばれちゃってるねー」
嫉妬したように耳打ちしてきた麗香に知らん、と短く答えて彼女の言葉を聞き返す。
「えっと、生徒会室って言ったな?もしかしてこの部屋がそうなのか?」
「はぁ?とぼけてんの?そう、ここは生徒会室。そんで私が一年の生徒会役員ってワケ。一年の代表だからみんなは委員長って呼んでるよ。正式な役職は違うけど」
そういって堂々と胸を張るギャル委員長をみて「へ~ギャルなのに生徒会なんて斬新~。今はそういう時代なんだね」と麗香が目を輝かす。その様子をみて「てかそのリボンの色、ウチらと同い年でしょ」と委員長が細い眉を細めている。付き合いのある俺が彼女にフシについての解説をする。
「ああ、こいつ不老不死だから何百年も生きてるんだ。転生気分で、もう何回もJKやってるらしい」
「その通り!ご紹介に預かりました私こそが噂の不死身の女子高生。その名も伏鳥麗香っ!身体が千切れちゃってもすぐ元通り。ミサイル、大災害なんでもござれっ☆」
お決まりになりつつあるポーズを決めると「なんなのこの子、遠馬どうにかしてよ」とギャル委員長は頬を掻いた。というか、さらっと不謹慎なフレーズが聞こえちゃったんだけどそこは容赦してほしい。すると廊下の向こうから複数の足音がこっちに向かって近づいてくる。
「そういう事だから。今日は解散。不純交友も議題案件になっからね。高校生らしい清やかなお付き合いを」
他の学年の生徒会役員が部屋に入ってきて俺と麗香は委員長にドアの前でぴしゃり、と廊下へと追い出された。
「は~せっかくのふたりチャンス潰されてなんか萎えてきちゃった。本日の麗香ちゃんの移動食堂、閉店ガラガラガラ~」
麗香がそのような文言を残してふらふらと消えてしまったため、解放された俺は携帯に目を落とした。母が近くのスーパーに寄るから買い物を手伝って欲しいらしい。俺は親思いの息子らしくすぐにいくよ、とメールを返してそのスーパーに向かった。
「ありがとうね遠馬。いっぱい買い物したから助かったわ」
買い物を終えて車に食材の入った袋を詰め込むと俺は助手席に座って母が起動させるアクセルの音を聞きながら後ろに流れる景色をみて窓を少し開けた。俺に彼女が出来た事、というか麗香のことは母も知っている。家から追い出すときにばったり入り口で鉢合わせになってからは人当たり良く振舞う麗香に取り込まれたように親公認の付き合いとなってしまっている。車が地下駐車場を出て母が薄い煙草に火を載せると煙を吐き出しながら俺に訊ねてきた。
「学校の方はどう?高校生活なんて母さん少し羨ましいわ。そう言えば、いちかちゃんも確か同じ高校でしょ?ほら小学校の頃仲良かった」
母の口から女子の名前が出て風を受けながら俺はシートベルトの巻かれた身体を前に押し出した。杉本一千夏。同じ演劇部に居た少し病弱な女の子。中学になってからは別の学校になってしまい、連絡先も知らないし彼女と思われる女子生徒も学園内にも見当たらない。母さんの勘違いじゃないの、とダッシュボード横にあるACの角度を変えながら声を返すと
「そんなワケ無いわよ。母さん一千夏ちゃんのお母さんと話したんだから。仲良くしてあげなさいよ」
と釘を刺された。そういえば、と前置きして母がにやりと笑った。
「あの麗香ちゃんとは家で何して遊んでるの?」
「こないだ買ってもらった配管工が世界を飛び周るゲームやってるよ。一日一時間。ケンカもせずに協力プレイ。高校生らしい非生産的な過ごし方だろ?」
冗談を返して携帯の液晶を眺めるとLINEに通知が来ている。知らない名前だ。母さんがそうなの、安心したわ。と微笑むと車を家の駐車場に停めて何故か、勝ち誇った表情で
「あの人配管工、辞めたらしいわよ」
と言った。
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