第4話 伏鳥さんはキャラ変したい?その①
五月の大型連休が終わって久しぶりの登校日。俺は電車遅延で渋滞の続いている通学路から外れて学校の裏手側の駐車場のある方角から始業の時間に間に合うように歩くスピードを早めてその街道を歩いて行く。校門の正面側に繋がる通りに合流する為に石造りの二十段ほどの階段がある。俺が鞄を担ぎ直すと向かい側の道から制服を着た女子がさっと飛び出してきて、俺の前を駆けるように急ぎ足で階段を上り始めた。
金髪のポニーテールで両耳に星型のピアス。彼女の容姿をパッと見た程度だが、襟の大きいワイシャツのボタンは上ふたつほど開けられているようだ。弾むように一歩ずつ段差を踏みしめていくその子の後ろを歩いて行くと視線は自然とその短いスカートの奥に導かれていく。
「ふ~ん。遠馬はああいうギャル系の女の子が好きなんだ~?」
ふいに後ろから麗香の声がして俺の視線はキャラクターモノの『みせパン』からロングヘアーの彼女に向けられる。
「ここってパンチラの聖地なんだって。ほら」
麗香が階段横の看板を指差すとその隅に色や柄の名称が書かれていてその隣にボールペンで正の字が引かれている。くだらない、と息を吐くと「そのくだらないコトの為にわざわざここまで遠回りして来たんじゃないの~?」とあらぬ疑いを麗香にかけられてしまう。それを即座に否定すると俺達は体育教師が遅刻の生徒を待ち構える校門を始業前の時間にくぐった。
教室では黄金週間明けと言うこともあってか、生徒たちの知識がなまっていないかを確かめるための実力テストが行われ、今日の授業は午前中で終わった。帰りに前を歩く吉野と片岡がぼうっとした口調で話している。
「今日でオレ達が入学して一ヶ月くらいかー」
「派手に高校デビュー決めてやろうと思ったけど中学ん時となんもかわんねーなー」
冴えない会話のふたりを見かねて「部活でもやらないのか?」と訊ねると
「中学の時も文化部だったしさー。いまさら運動部とかめんどい事するわけねーじゃん」
とか
「タチバナはいいよなー。放課後にあんないい彼女と楽しい放課後が過ごせてさ」
など、やっぱり冴えない返答が降りかかってくる。楽しい放課後、と片岡の言葉を受けて俺は制服の袖をまくって自分の腕を眺めた。連休中も麗香の自宅訪問は止むことはなく、日々の採血によって内肘の少し上が針の痣だらけになっている。
「興奮するとさ、人って血圧が上がるでしょ?脳からドーパミンが出てその要素が血に混じるとフシであるあたしには美味しく感じられるの。そんな感じで~血を抜く前は遠馬にも興奮状態に入ってほしい。だから~これはあたしからのささやかなサービスということで」
初めて俺の家に来て血を抜いた時に麗香は俺にそう言った。採血の前に服を脱いで肌を露出するのは俺のオスとしての生存本能をくすぐるためのものにすぎない。
そんな訳でおそらく前を歩く二人が想像するような
「なー、それでタチバナはあの伏鳥って女とやったのかよー?」
俺が首を振ると「やったに決まってんじゃんかよー。もう本番も経験済みだよな?」と片岡が馴れ馴れしく肩に腕を置いてきて、反対側の手の平を握って指の間に親指を突き出すハンドサインをむけてきた。
「おーい、そこのスリーイデオッツー」
土手の上からやわらかい女子の声がして振り返ると麗香が芝の上をずざざざとローファーで削るようにして下りて来た。
「ちょっとカレシ借りるね」
麗香が俺に身体をくっ付ける様にして腕を組みだすと、「じゃ、オレ達はこの辺で。この彼女持ちが」とか「よろしくやってろよ、このリア充が」などといった
「ねー、なんで電話出てくれないのー?」
頬を膨らますようにして怒る麗香が俺の二の腕に爪を突き立ててくる。痛い。
そうだ、と気付いて制服のポケットを探るが携帯が無い。たぶん教室に忘れてきたんだ、と麗香に説明して人もまばらな通学路を戻り、自分の教室の扉を開ける。
俺が自分の机の中から携帯を取り出すと「もー、しっかりしてよー」と麗香が腰に手を置いて呆れかえっていた。
何気なく着信をみると二分おきにLINEの通知が入っている。その回数に少し背筋が震えると麗香がぴと、と俺の両肩に手を置いて耳打ちしてきた。
「最近ね、遠馬の血の味が薄くなってきてるのを感じるの。遠馬の血で身体を癒している麗香ちゃんからしたらこれは致命的な危機だよ。移動食堂の当事者としてちょっと責任感じて欲しいなー」
何を言いたい、と振り解いてやると「正直マンネリ、ってこと」と言い放って麗香は教室の中で退屈そうに両腕を広げた。確かに、二人の秘め事の間に肌を見せる以上の展開がない分、麗香が言うように採血される側である俺の反応も慣れてくる。
「ハイ、麗香ちゃんに提案があります」
無意識に唾を飲む俺の喉が鳴り、指を一本突き出す麗香の挙動を見守る。そして麗香はブラウスの上にぽん、と手を置いて誘うような妖しい視線でこう言ってきた。
「学校でしちゃおうか?」
人気が無くなった校舎の中。「人が来ない部屋に行こうよ。いいとこを知ってるんだ」麗香に袖を摘まれながら廊下を歩く。俺は頭を掻きながらあの日の放課後を回想した。
――どうしてあの時、契約を結ぶなんて言ってしまったんだ。入学して以来、このフシに振り回されてばっかりだ。
不死身の存在ではない平凡な男子校生である俺は未知なる体験に目を輝かせる宿主の言葉になす術なく従う他、無かった。
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