第2話 伏鳥さんは契約を結びたいっ!その①

 俺の彼女、伏鳥麗香が不死身の存在であるフシだと知らされたのは今から二週間前、


――まず順を追って話そう。あの日は月曜日の放課後。先週末の自己紹介の失敗を引き摺ったまま登校した俺は階段の踊り場で別のクラスの伏鳥麗香から「ねぇ、今日の放課後、時間ある?」と声を掛けられた。男兄弟で異性経験なんてもちろんなかった俺はしどろもどろになりながらもいいよ、とその髪の長い魅力的な美貌の女子に答えた。


 興奮する気持ちを抑えて自分のクラスに戻ると先週俺の自己紹介の挨拶をいじってきた吉野と片岡が事の始終しじゅうを見ていたらしく、


「おーおー、入学早々幸先良いじゃねぇの」


とか、


「あんな可愛いコに呼び出しくらうなんて羨ましいぜこの野郎」


 など、隣の席の女子グループに引かれるほど冷やかされた。でも奴らに肩を小突かれる度に気持ちが落ち着いて頭が冷えてきた。


 そう、これはきっとあの女の嘘告白。たぶん彼女のグループ内での罰ゲームで先週自己紹介でどんズベリした俺をターゲットにした暇つぶしのイタズラに過ぎないのだ。きっと彼女が俺に「付き合ってください」と告白した後に俺がしばしの間を置いて、やっとの思いで口をすぼめてお願いします、と言った瞬間に脇からケータイカメラのフラッシュが焚かれ、俺の変顔が彼女達のグループにSNSを介してまわされてしまうに違いない。


――でも。そのもしかしたら、という気持ちを抱えて俺は放課後までの時間を過ごした。そして四階建ての校舎の非常扉を空けて俺は待ち合わせ場所である屋上にたどり着いた。


 開けた屋上にはときおり強い風が吹きつけていて、辺りには誰も居ないようだ。


「おーい」


 扉を閉める自分を呼ぶ声が聞こえてその主を探す。すると防護ネットが張られていない隅に置かれた給水タンクの上に足を組んだ伏鳥麗香が座っている。丈の短い制服のスカートからは程好ほどよい肉付きの太ももがあらわになっていて、風が吹くたびに下心はなくともハラハラしてしまう。


「そんなところに居ると危ないぞ」


 うら若き乙女の柔肌に目を取られてしまった自分を誤魔化すように声を掛けて、気持ちを落ち着けながら彼女に近づいていく。伏鳥は俺を見て猫の口のように口角を上げるとブレザーの内ポケットから何かを取り出してそれを床に向かってほおった。


 投げられた紙のように薄いそれは風に揺れながら俺の前にぽとり、と落ちた。それは写真であるようで拾い上げようと屈むとその被写体をみて思わず息を呑んだ。


「それ、週末のキミの行動記録。決心して店を出るまでにずいぶん時間が掛かったじゃない。でもキミは本来の目的であるその購入を成し遂げた。偉いぞ。青春少年」


 態度的にも物理的にも上からの女王様目線で伏鳥のからかう声が俺の頭に降り響く。写真の中には目深に帽子を被り、顔を覆うマスクをした俺がコンビニで買った雑誌を包むビニール袋をすかさずリュックにしまい込もうとしている俺が映っている。


 胸の鼓動が早くなる。なぜ、こんな写真を撮られた?恥ずかしくてこの場所から逃げ出したくなってくる。


「一度に二冊同時購入とは、お盛んだねー。失樂天ビーストくん」

「雑誌の名前で呼ぶな!……これはれっきとした盗撮だ。犯罪行為だ。何のためにこんな真似をした?」


 ツッコミもとい抗議の声をやっとの思いで喉元から振り絞ると伏鳥は愉快そうにケラケラ笑いながら


「未成年、それに男子高校生が成人向け雑誌を購入するのは犯罪じゃないのー?」


 と足を組み替えて床に舞う他の写真を指差した。俺はそれらの写真を全て拾い上げてタンクの上に居る伏鳥を睨み上げた。

 伏鳥はまだ笑っている。

 軽蔑するわけでもなく、俺の反応ひとつひとつを愉しむ様な嗜虐的な笑み。

 それに耐えかねて俺は彼女の本題をたずねてみる。


「なあ、せっかくの週末に独りでこんな哀れな醜態を晒している男子をいじめるなんてどういうつもりだ?暇つぶしにしちゃ性格が悪いじゃないか」


 伏鳥は俺の言い回しがツボにはまったのか、足をバタつかせて笑っている。俺はせめてもの復讐として地形の優位を生かし、丁重に本日の下着の色を確認させて貰ってから制服のポケットから二つ折りのサイフを取り出す。


「ゆすりならこれで勘弁してくれ」


 祖父から貰った入学祝である札を指で数えていると


「んーん。目的はお金じゃないの!ちょいシリアスな話になるんだけど、聞いてくれる?」


 と、伏鳥が俺にサイフをしまわせて足を閉じてまんまるの瞳で俺を見下ろした。


……ゆすりである事は否定しなかった。いやな予感がする。強い風が吹きつけて目にかかる毛束を払い除けていると伏鳥は俺にこう言った。


「私と契約してほしいの」


 ひどく艶のある声でそれでいてどこか懐かしさを感じるような親しみを憶える温かみのある声だった。


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