伏鳥さんはくたばりたいっ!

まじろ

第1話 伏鳥さんは一緒にいたいっ!

 六月の初め、四月に高校の入学式を終えた俺、橘遠馬たちばなとおまはその日の授業が終わってから商店街のタバコ屋の前で待ち合わせた同じ高校に通う伏鳥麗香ふしどりれいかと手を繋いで俺の家に直行した。クラスメイトの目を気にして校門から離れたこの場所を同い年の恋人との逢引きの場と決めていたのだが、麗香のヤツは俺の気なんて知らない様子で歩道の反対側を猛スピードで駆けるロードバイクを避けるフリをして俺の腕に抱きついてくる。長く緩いパーマのかかった黒髪が俺の鼻先をくすぐり、まんまるの大きな瞳が斜め下から俺の心を見透かすように見上げている。肘に触れるやわらかい感触に平静を整いながら住宅街に繋がる細い道を抜ける。


 麗香とは入学して二週間後の放課後に俺の方から告白して付き合う事になった、とされている。同年代の女の子と比べて落ち着いた雰囲気でカーディガン越しでもわかるくらいに胸が大きい。大人びている為、どことなく話しかけにくいオーラはあるが、話してみると明るい子だと女子内での評判も良い。そんな俺がなにかの拍子で彼女と交際することとなり、今では放課後の時間を共に過ごす仲となっている。


「さ、今日も始めようか」


 いつもと同じ慣れた手順で麗香はポーチから取り出した薄いビニールの口を割いて中から取り出したそれを俺の身体に取り付けた。まだ少し肌寒さを感じる部屋で俺は制服を脱いで一挙手一投足を麗香に委ねている。


「ちょっとそのまま我慢しててね」


 ベッドに横になった俺にまたがって麗香は長い髪を両手で肩の後ろに流す。シャツのボタンをひとつ、ひとつ時間を掛けていじらしく外していくとその途中でバラ柄のレース生地の下着が見えた。


「キミはホントにこの色好きだよねぇ」


 麗香は血のように赤いブラジャーの上に乗っかった豊満な両房を勝ち誇ったように俺に見せ付けてくる。俺の鼓動が早くなるのを身体越しに感じると麗香は嬉しそうに俺の上で身体を揺らした。

 俺の両親は早ければ六時前に帰ってくる。それまでに慌しく麗香とコトを済ませなければならない。といっても俺も麗香ももう初めてではないから俺に取り付けれたそれに液が満ちるまでに麗香から向けられる蟲惑的な視線にもこなれたものがあった。


「やっぱり私、下手なのかなぁ」


 一通りそれが済むとベッドの反対側で俺から取り外したそれを掲げる麗香に何が、と問い掛けてやる。


「こういうので良いのかなぁ。遠馬は気持ちよくなかった?」


 俺はシャツを着て部屋の中央に置かれたベッドの反対側に屈みこんで


「そっちは気持ちは良いだろうけど、こっちは痛いだけだからな」


 というと


「キミって女の子みたいな事いうね?」


 と麗香の猫の瞳が俺の目を見つめ返してきた。



 次の日の昼休み、一緒に昼食を囲んでいた吉野と片岡が弁当の具を箸で摘まみながら俺に訊ねてきた。


「なぁ、タチバナってあのフシって女とどこまでいったの?」


 吉野が無神経に教室の隅で卵焼きを口の中に入れながら俺を見て笑う。吉野がいうフシとは麗香の苗字である伏鳥を短縮したものだと気付くと


「もうやったのか、ってこと」


 と、片岡が銀色の弁当箱の白飯をかっ込みながら吉野の言葉を付け足した。下世話な話だな、とたしなめると「おまえがあんな上等な女子高生を射止めるとはなぁ」と僻むふたりを見て彼らにもそれ双等の恋人が現れる事を祈らずにはいられなかった。



 通学路の途中、学校と俺の家の間に祖父が独りで住む家がある。

 祖父は今年古希を迎える高齢者であり、ずいぶん前から痴呆が始まっていて、通いの医者からも認知症と診断されている。放課後に一緒に歩いていた麗香が祖父を見つけると庭で草を千切る祖父にこんにちわ、と声を掛けた。祖父は嬉しそうに


「馬あ君にこんな美人の嫁さんが出来て俺はいつ婆さんのところへいってもええ」


 と切ない事を言う。気まずくなった俺は「えー、なんでよー」と食いかかる麗香をなだめてその手を引いて歩道に導く。


「今日は早かったやないか。ちゃんと学校にいったんか」


 祖父の言葉を無視して歩き出すと「こおら、おじいちゃんの質問に答えられんのかぁ」と間延びした声が歩道に響いていった。


 祖父は苦手なんだ、と部屋に入るなり服を脱ぎ始める麗香の背中に言うが麗香は窓から流れ込む西日を浴びながらするするとシャツの袖を下ろしていく。祖父の子供である母もおじいちゃんはもう長くはないだろうと言っていた。日に日に身体と神経が弱り出し、死が寸前まで近づいている祖父を家族以外の人間にみられるのが正直言って恥かしかった。麗香はそんな俺の気持ちも知らずにスカートのファスナーに手を掛けた。今はそんな気分じゃない、と俺が言うと


「忘れたの?私との契約でしょう」


 とベッドに腰掛けた俺に麗香は真っ赤な口紅を塗った顔を近づけてくる。ムスクの香りが鼻先をくすぐって「憶えている」と思わず返す。


「今日も始めちゃおうか」


 麗香がいつものように自分のポーチからビニールを取り出しその中から小型の注射器を引っ張り出して俺の腕にビニールチューブを回して結びつけると肘の裏の少し上に虹色の糸を引いた唾液を垂らすとそれをコットンで薄く延ばして注射器の針を捻じ込んだ。伸びていく黒いガスケットをみながら鈍痛に眩暈めまいを覚えると注射器の中に俺の血が注ぎ込まれていく。


「おっ、今日はちゃんとできた」


 麗香の目がふにゃりと歪んで俺の顔を見つめている。


――これが俺、橘遠馬と伏鳥麗香の放課後の秘め事。訳あって俺は毎日この時間に麗香に血を捧げている。注射器いっぱいに注がれた俺の血液を眺めて「いっぱい出たねぇ」なんて嬉しそうに声を弾ませている。おまえが抜いたんだろうが。ったく。


「もう我慢できないよ。いっただきま~す!」


 麗香は注射器の押し子を指で押し出すと針の先から一滴ずつ俺の新鮮な血液が落ちてくる。それを舌の上で受け止めると麗香は振り返って俺に恍惚の表情を浮かべてみせる。


――新鮮な人間の血。それが不死ふしと呼ばれる少女の主食。そのフシに魅入られてしまった俺の呪われた青春はこれからも続いていく。



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