第21話過去から未来へ
しっかし、先輩が来るって言っても本当に来るのだろうか。ぬるくなったラムネをちょっとずつ飲みながらあたりを見回す。いつの間にか花火は終わっているとはいえ、まだこんなに混んでるんだし……と熱気に辟易しながらぼんやり柵にもたれていると、人の波をかき分けてこっちに向かってくる人があった。まさか、と思っていると、本日二回目、聞き覚えのありすぎる声。
「シノ!」
「先輩……」
本当に来た……。と思ってしまったのを顔に出ないようにして、「どうしたんです」と聞くと、先輩は首元の汗をタオルで拭い、逆に問い返してきた。
「どうしたもなにも……。休憩をもらったところにお前の友人と会ったんだ。はぐれたし連絡もつかないっていうから探しに来た。どうしたんだ?」
言われてスマホを取り出すと、通知がいくつか届いていた。俺の心配じゃなくて焼きそばの心配をしているのでは? と思えてしまう文面もあったのだが、まあそれは置いておく。
「ちょっと、人酔いしちゃったみたいで……ここで休んでたんです」
少し悩んだが、ミドリのことは隠してしおいた。言ったら飛び出して追っかけて行ってしまうかもしれないという懸念がちょっと……いやかなりあったからだ。実際あんまり気分はよくなかった。柵にもたれて弱々しく笑う姿を見て、先輩は俺の嘘をあっさり信じてくれた。
「そうか。言われてみれば顔色が悪いような……いや、よく見えないが。怪我はしていないな」
「大丈夫です」
「なら、早めに友人と合流しよう」
小さく頷き、柵から離れて先輩に近づこうとすると、木の根に足を引っかけてふらついた。素早く手を取って支えられ、先輩と至近距離で顔を見合わせる。もしかして、自分で思っているよりもう少しだけ調子がよくないのかもしれない。
「……もう少し休んでからにするか?」
「すみません……」
支えてくれた手の温度に、ほっとため息が漏れた。額ににじんだ汗を手の甲で拭うと、先輩は腕を支えたまま訊ねた。
「水分はちゃんととっていたのか?」
「これなら飲んでましたけど」
ラムネの瓶を見せると先輩は微妙な顔をした。後でお茶買っとけ、というので素直にうなずいておく。繋いだ手に汗をかいているのが分かってしまったけど、どうせあとで離さなきゃいけなくなるのでそのままにした。
「そういや先輩、花火どうでした? 俺ほとんど見られなかったんですけど」
「お前を探しててそれどころじゃなかった」
じとりと睨まれ、流石に申し訳なくなる。すみません、と肩をすぼめて謝ると、先輩は「どうせ今日は見る予定じゃなかったからな」と首を横に振った。屋台の手伝いに来てるんだったら確かにそうだ。よかっと、と胸をなでおろしていると、先輩が小さくこぼしたのが聞こえてしまった。
「いいんだ、杞憂だったんだから。何かあるよりよっぽどいい」
正直に白状すると何もなかったとは言えなかったんだけど、まあ口を閉じておく。
「花火、見たかったんですけどねえ」
できれば先輩と、とまでは言わなかったけど、視線で未練がましいのが伝わってしまったらしく、なだめるような声音で諭される。
「別に、花火じゃなくてもいいだろう。桜でも、紅葉でも、雪でも。お前と私で、一緒にいれれば。どこでも付き合ってやるから」
飾り気のない言葉だった。なんの気負いもなく、こんな優しいことを言うんだから……この人には、本当にかなわない。
「……分かってないなあ、先輩。それはそれ、これはこれなんですよ」
「そうなのか? まるでわからん」
俺の言葉に先輩は首をひねっている。へろ、と笑って「暑いっすね」と適当にごまかした。
高校の時、先輩が何も言わずに俺たちとの関わりを断つその前日。俺は、記録会が終わったら先輩を花火大会に誘おうと思っていたのだ。その時の期待と失望が薄れないまま、俺は先輩とまた会った。今度こそは、次こそは、と思って誘った結果がこれだったわけだけど……。
「先輩も忙しいんですし、無理にとは言いませんけど」
「まあ、今年は無理だろうな」
ですよね、と肩を落としかけて、目を丸くする。今年は? と首をかしげると、先輩はゆるりと微笑んだ。
「来年は、必ずだ。絶対一緒に行こう」
約束する。そう、優しく力強く請け負ってくれた先輩に感極まって、かくかくと首を縦に振る。
「……はい!」
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