たまに臆病
第17話下手な嘘
「皆方さん、今ちょっといいかな」
日が傾きかけてから先輩と入った大学内のカフェでお茶していると、穏やかに声をかけられた。知らない人だ、と瞬きしていると、先輩が腰を浮かせた。
「お知り合い?」
「ああ」
ちらと視線を寄越され、別に構いませんよと手で示す。先輩はどこか硬い表情で「すぐ戻る」と言うと、席を立って声の主についていく。10分ほど話し込んで、手を振って別れたのをぼんやりと眺めていた。戻ってきた先輩は、少しほっとしたような顔をしていた。
「どなたです?」
「クラスメイトだ。グループワークを一緒にやってる」
そっけない声での答えになるほどと頷く。
「仲いいんですか?」
答えるまでに少し間があって、感情の読みにくい視線がふらりと泳いだ。照明、カウンター、そして目の前のコーヒー。空である。先輩は手持無沙汰そうに指を組んで、何でもなさそうな声で言った。
「別に」
短い返事だが、そこには嫌悪も苦手意識もなく……いや、むしろ、どこかとぼけるような響きがあった。穏やかで、人あたりのよさそうな笑顔の人だ。もしかしたら、一緒に遊びに行ったりするまではいかなくても、よく話したりするのかもしれない。
「……何ニヤニヤしてる」
「へ? 俺笑ってましたか。すみません」
口元を押さえて謝ると、先輩はふっと目を逸らしてしまった。先輩の同級生さんが立ち去っていった方を見ていると、先輩が煩わしげに俺の目の前で手を振った。
「彼女のことはいいだろ」
そんな照れたような態度がおかしくて、つい口元がほころんでしまう。居心地悪そうに目を逸らす先輩をからかっていたら、翌日のおかずの差し入れを半分に減らされた。本当に申し訳ございませんでした。
「えっ?」
静かな空間だったために、その声はやたらと大きく聞こえた。声を上げた当人にとっても予想外だったようで、口を押さえて戸惑った顔をしている。どっかで見た顔だな、と思って見つめていると、先日声をかけてきた先輩の同級生だということに気付く。見られてるな、と思って会釈すると、よろよろとこっちに歩いてきた。
「品川くん、だよね? 皆方さんの後輩の……」
「ええ、そうですけど……」
困惑気味に確認され、困惑気味に頷く。俺がここにいるの、そんなにおかしいでしょうか。課題をするために図書館に来ただけなんですが……。そう言おうとすると、同級生さんは抑えた声で疑問を呟いた。
「だって今日、皆方さんが君と一緒に行くところがあるからって……」
「はぁ?」
繰り返しになるがここは図書館で、基本的に静かな場所で、声がそれはもうよく通る。さっと視線が集中したのが分かって口を押えてその人と顔を見合わせる。会って間もないのに視線だけで意図が通じ合って、そそくさとその場を後にした。
「初めまして、じゃないけど……林です。林優子」
「品川広夢です。えと、皆方先輩とは、高校の時からの知り合いで……」
「うん、名前は聞いたことあるんだ。シノくんだよね?」
「ええ、まあ」
場所は変わって大学の敷地内にあるカフェ。先日先輩と座った席と同じところに、同級生さんが座っている。自己紹介もそこそこに、話を聞かせてもらう。
「今日の昼、皆方さんとご飯食べてて。一緒に受けてる講義が休講になったから、どこか行かないかって言ってみたら、断られちゃって」
「後輩と……俺と出かけるところがあるからって?」
小さく頷いて肩を落とす林さんに、重ねて問いかける。
「……ちなみに、同じ理由で誘いを断られたことってありますか」
まさかそんなことはないだろうと思って尋ねると、林さんはそっと目を逸らした。
「一回だけ……」
「……それ、いつだか分かりますか」
教えてもらった日、残念ながら俺はバイトに行っていて先輩と出かけていたなんてことはなかった。本当に残念だ……じゃなくて。どうやら結構落ち込んでいるらしい林さんは、気だるげに肘をついてため息をついた。
「迷惑だったのかな。そりゃ、授業の時くらいしか接点ないし、ちょっと馴れ馴れしかったかもしれないけど」
「……そんなことは無いと思いますけど」
慰めでも気休めでもなく、ただの本心である。あの人は自分の気持ちはオブラートに包まないタイプなので、迷惑なら迷惑というはずだ。実際言われたことがあるのでこの辺は保証できる。そう言うと林さんは納得したようなしてないような顔をした。若干憐れむような色が混じっていたのは気づかなかったことにしておく。
「じゃあ、どうして?」
悩ましげな疑問には分からないとばかりに首を振ってみせたものの、なんとなく思い当たる節があった。
「参考までに聞いておきたいんですけど、今回みたいな断り方とはっきり迷惑って言われて断られるのだったらどっちがましだと思います?」
「え、断られる前提なの? ……まあ、断られるなら、きっぱり断ってほしいよ。そっちの方が諦めもつくし」
そう言って苦笑いした林さんの表情は、やはりどこか無理しているような気がする。
「とりあえず、先輩にはこんなこともうしないよう言っておくので。俺なんかが言うのも変なんですが、もしなんかまた機会があったら誘ってあげてもらえませんか。あの人、すごくややこしい性格してるので」
そう言うと林さんは小さく笑って頷いてくれた。
「品川くん、皆方さんのお父さんみたいなこと言うね」
「……その評価は正直不本意です」
眉根を寄せてそう言うと、林さんはからからと笑ってくれた。まあ先輩がややこしいのは性格だけじゃないんですが、それは俺の口から言っていいことではない。ほんの少ししか話していないけれど、この人が悪い人じゃないことは十分以上に分かってしまって、だからこそこの問題は放っておくわけにはいかないな、と思ったのでした。
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