第14話単純な方法

 現場に戻ると、警官隊が人質と犯人を取り囲んでいた。ヒリヒリするような緊張感に冷汗が滲む。今からやろうとしていることを考えると腰が引けてくるが、森本さんがどこかで合図を待っているのでやめたらどうなるか分からない。信じますよ、と心の中で呼びかけ、覚悟を決める。ええい、もうどうにでもなれ!

 ポケットから取り出した笛を思い切り吹く。想像以上に大きな音が出て、はっと顔を上げる。狙い通り誰もが――警官隊も犯人も――こちらを見ていた。森本さんは!?

 たん、と軽い足音が聞こえた。そう思った次の瞬間には、犯人の後頭部に森本さんの蹴りが叩き込まれている。受け身も取れずに倒れこんだ男のすぐ横に軽やかに着地した森本さんは、すぐ男の腕を取って背中に回して取り押さえる。完全な不意打ちに誰もが一瞬静止して、ざわめきが波紋のように広がっていく。

 少年のような笑みと、誇らしげなVサイン。作戦通りにいったことを喜ぶのはいいんですが、犯人はきちんと押さえておいてくださいよ! はらはらしていると、警官隊がわっと森本さんの周りに群がった。俺はどうしたら、とおろおろ立ちすくんでいると、どうやら森本さんが呼んでいるようで、慌ててその場に駆け寄っていった。


 森本さんが立てた作戦は単純明快。俺が笛の音で犯人や警官隊の気を引き、隙を突いて森本さんが取り押さえる。迅速さにかけては随一だと開き直る森本さんの横で、俺は説教されてうなだれていた。森本さんに指示されたからとはいえ、警官の仕事の邪魔なんかすれば怒られるのは当然である。しおらしくしていたら、森本さんに協力させられただけということもあって一応放免してもらえたが、一息ついている場合ではなかった。

「品川!」

 聞き覚えのあるアルトが喧騒に割り込んだ。多分に怒気をはらんだ声に反射的に身がすくみ、視線はすぐさま声の主を見つけ出す。早足で人ごみをすり抜けてまっすぐやってきた先輩は、言い訳する時間も与えてはくれず肩をがっしりと掴んだ。

「全くお前は何を考えている! 全部聞いたぞ何もかも! 警察の方々の手を煩わせるとは何事だ! 全く全く全く!」

 がくがくと揺さぶられ声を上げることも出来ず。先輩これには一応理由が、と説明したくても何もできない。

「秋、品川くんの首が折れそうだからその辺にしといてやれ」

 やんわりと仲裁に入ろうとする森本さんだったが、逆に怒りの矛先を向けられ、しまったな、という顔をした。

「夏巳も夏巳だ! 自分だけならともかく品川まで巻き込んで!」

「しょうがなかったんだよ、許しておくれよ。品川くんに危険は無いよう考えはしたんだ」

 肩に伸ばされた手を掴んでバンザイさせてあしらうあたり手馴れている。ちなみに俺は揺さぶられすぎて若干目を回していた。

「お前はそうやって怒るけどな、品川くんもな……」

 森本さんが何事か耳打ちすると、先輩は顔をしかめて黙り込んでしまった。ようやく目眩が収まって顔を上げると、先輩はすいと顔をそむけてしまった。

「じゃ、俺は改めて怒られてくるから。秋、品川くんのことちゃんと送ってけよ」

「送るも何もお隣さんだが。行くぞシノ」

 虚を突かれた顔をする森本さんを置いて、先輩はさっさと歩きだしてしまう。森本さんは詳細を聞きたそうにしていたが、怖い顔したスーツの男性に肩を叩かれて名残惜しそうに手を振った。

「流石にそれは初耳だったんだが! 品川くん、今度そこのところ詳しくなー!」

 今度っていつだ、と思わなくもなかったけど、一礼してその場を後にする。ずんずん先に行ってしまう先輩に追いつくと、鋭く見据えられ息を呑んだ。

「……怪我は、していないな」

「え? ああ、大丈夫ですけど」

 そうか、と沈んだ声で言ったきり、先輩はずっと何か考え込んでいるようだった。俺も心配させてしまった自覚はあるので何となく声をかけにくく、ほとんど会話のないまま帰宅の途についたのだった。

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