第13話不穏

 会計を済ませて外に出ると、眩しいくらいの晴天だった。

「今日はありがとな。いろいろ話せてよかった」

「こちらこそ。そう言えばしばらくこっちに泊まりなんですよね? いつ頃までいるんです?」

「明日か明後日には戻るよ。そうだ、連絡先でも交換するか? 秋がまた全然連絡なんか寄越さなくてさ、たまにでいいからどうしてるか教えてくれると助かる」

 わかりました、と携帯を取り出す。なんだか最近年上の知り合いが増えたな、とふと思ったが、よくよく考えると全員先輩の関係者だ。急におかしさがこみあげて声を出さずに笑ってしまうと、森本さんは不思議そうな顔をした。

 駅まで送ってくれるという申し出を素直に受けて、談笑しながら歩いていく。駅に近づくと森本さんは急に立ち止まり、素早く辺りを見回した。どうしたんですか、と聞くと、視線だけで方向を示される。

「……適合者だな、ありゃ」

 遠くのヘルメットを被った男を睨んだ森本さんが、低い声で呟いた。穏やかな笑みは一瞬で消え去り、警戒するように目を細める。

「見ただけで分かるんですか」

「ああ。なんだろうな、雰囲気で分かるんだ。それよりあいつ、一体何を……」

 森本さんが疑問を口に出し終えるより早く、大きな手に引き寄せられて隠される。ガラスが派手に割れる音と悲鳴が聞こえてはっと息を呑んだ。柱の陰に身を隠す森本さんの背中越しに、瓦礫が跳ね飛ぶのが見えた。なんてこった、と呻く森本さんに声を潜めて尋ねる。

「何が起きてるんです?」

「断定はできんが、恐らく強盗だろうな。いるんだよ、違法なルートでメタモロイドを手に入れて強盗を繰り返す厄介者。適合者なことは分かってるから、普通の犯罪と比べると犯人は捜しやすいんだが……如何せん数が増えてきてるからな。一度とっ捕まえて話を聞いてみたいとは思っちゃいたが、今日会いたいとは思ってねえよ流石に」

 苦い顔で毒づく森本さんが、不意に困ったような顔でこちらを見た。

「俺としては仕事柄ああいう輩は放っておけないんだが……なあ品川くん、協力してくれって言ったらしてくれるか?」

「いいですよ」

「そりゃ駄目だよな……って、うん? いいのか?」

「ええ、構いませんけど」

 あっさりと頷けば信じられないと首を横に振られる。

「こういうのって普通嫌がると思うんだけどな。まだ何してもらうかも言ってないのにそんな安請け合いしていいのか?」

 案じるような問いかけに一瞬口ごもり、もごもごと答える。

「……先輩もきっと、こういうことが起きたら放っておけないって言ったでしょうし、そうしたら俺も協力するだろうから、ですかね。森本さんが先輩じゃないからってやることを変えるのは、なんか違うかなって」

 うまくまとめられないまま答えると、森本さんはきょとんと目を丸くした後に声をあげて笑った。わはは、と豪快に笑われてしまい、今度はこっちが目を丸くする番だ。今の発言にそんな笑う要素ありました?

「いやあ、そういう判断基準を持ってるとは思ってなかったからさ。 実は君、結構秋のこと好きだろ?」

「否定はしませんけども……」

 そう言いながらも気恥ずかしくなって俯くと、森本さんは「照れるなよ」と嬉しそうに目を細めた。

「実際、秋だって放っておくことは無かっただろうしな。手伝ってくれとは言わないかもしれないが。よく知ってるじゃないか、秋のこと」

 笑っていた凛々しい眉が力なく下がって、「だけどもさ」と逆接の言葉が続いた。

「勝手なようだが君を巻き込むのは基本的には不本意なので、引き際は見極めてくれよな。その辺は臨機応変に頼むよ。お互いのために」

「肝に銘じておきます。それで、どうします?」

 いつの間にか騒ぎの元に人混みができていて、悲鳴はやんだものの怒鳴り声が断続的に聞こえてくる。そちらを指して尋ねると、森本さんは腕組みして短く唸った。

「それなんだよな。俺も秋との訓練で使ったメタモロイドの効果がそろそろ切れるし、相手の力量も分からんし」

「じゃあ、警察の人たちが来るのを待って協力するのは?」

「それはあんまりいい手じゃないな。協力者にも管轄があるからさ。まず話を付けるのに時間がかかっちまうんだよ。まあそこで考えたんだけど……」

 こそこそと耳打ちされた作戦内容に、つい眉間に皺が寄る。

「いい考えだろ?」

「うまくいく可能性は高いかもしれませんけど……それ、何も考えてないのとほとんどいっしょですよ」

 ふっと呆れの色が混じった笑みを浮かべて、森本さんはぐっと伸びをした。すでにその作戦でいく気になのか、丹念に体をほぐしながらよく分からないことを言う。

「俺たちの原点も、きっとこんな風だったんだろうよ。場当たりで、がむしゃらで。考える前に行動してたんだ、多分」

「原点……?」

 何もわからず聞き返した俺を見て、森本さんは何度か瞬きして、きまり悪そうな表情をした。

「もしかして、その辺りの話はまだ聞いてないのか」

「多分……」

「そっか、口が滑っちゃったな……」

 困ったな、とそれほど困ってなさそうな声で呟いた森本さんは、突然さっぱりとした笑みを浮かべて肩をバシバシとたたいてきた。

「だがまあ、いつか秋かハルさんのどっちかが話すだろ。君になら、きっとな」

「誤魔化し方強引すぎやしませんかね……別にいいですけど」

 森本さんは乾いた笑い声をあげてから表情を引き締めた。

「じゃあ、言った通りに頼むよ。万事解決するよう全力を尽くすから」

 そういうや否や駆け出した森本さんの背を一瞬目で追って、俺も言われたことをやるために走り出した。非常時にやたらと頼もしいのは先輩と似てるよな、なんて、そんなことを思ったのは、まあ、今言わなくてもいいだろう。

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