第7話和解

 望外の収穫は嬉しくもあり、ほんの少し疑問が残ったこともあって複雑極まりない心境になってはいたが、何食わぬ顔で部屋に戻る。ひょいと顔を出した先輩に「お疲れ」と簡単に労われ、一瞬だけ目が泳ぐ。

「……ええ、お疲れ様です」

 いつもは先輩の方から「今日は何かあったか?」と聞いてくるのに、それがなくて二人揃って沈黙する。シノ、と小さく呼ばれて、自然と足がそちらを向いた。

「いや、その……この間は言い過ぎた。ごめん」

 気まずそうな表情で謝られた瞬間、思考が止まった。謝られた? 何のことで? ……まさか、あの時の。そう思った時には勝手に口が動いていた。

「そう言って謝るのは、俺が傷ついたと思ったからですか?」

 部屋に引っ込もうとした背中に、鋭く問いかける。振り向いて目を瞬く先輩に、重ねて尋ねた。

「それとも、自分が間違ったことを言ったと思ったからですか?」

 言葉に詰まった先輩を玄関に招いて扉を閉める。狭い三和土に向かい合って立ち、戸惑う先輩を見下ろしてできる限り平淡に問いなおす。

「先輩、俺に詮索されるのは嫌なんですか。適合者の仕事について知られることも」

「……ああ。嫌だ」

 困惑しながらも明確な拒絶だった。断固とした意志が読み取れて怯みそうになったが、想定の範囲内だ、とどうにか持ち直す。

「じゃあなんで謝るんです?」

「私の対応が悪かったと思うからだ。お前が何を知りたいと思うかはお前の自由だ、それを踏みにじるようなことは許されない」

 きりりとした眉が苦しげに歪む。それを見て俺は、悲しいくらいに山下さんの見立て通りだな、とだけ思った。人に迷惑をかけることを良しとしないその性格、立派ですけど少々極端だし、正直言ってかなり生きにくそうだと思いますよ。

「何言ってるんですか先輩。それはとんでもない勘違いですよ」

 きょとんと目を丸くする先輩に向かって大げさにため息をついてみせる。

「俺が先輩のことを知りたいと思うのと同じように、先輩だって知られたくないと思ったってだけの話でしょう? それで何で俺の気持ちを踏みにじったことになるんです」

「だって、お前は知りたがっているのに」

「だから、俺が知りたいっていうのと先輩が嫌だっていうのは同じだって言ってるんですよ。なんで自分だけ加害者みたいなこと言うんですか」

 ようやく反論を止めてくれた先輩に、口調を和らげて話しかける。

「まあ、結論だけ言えば俺は全然気にしてないので謝らないでくださいってことですよ。上手くいくのは俺が知りたいと思って、先輩が教えてもいいと思った時だけですよ。それ以外は何もかもノーカン、お互いの意思が嚙み合わなかったってだけですから。謝罪も何も必要ないんです」

 先輩はしばらく目を丸くしていたが、不意にその小さな唇が自嘲気味に歪んだ。

「知ろうとすることをやめる、とは言ってくれないんだな」

 切なげな、諦めたような静かな声に胸が軋む。ずるい人だ、そんなしおらしい表情で、恐らく無意識に俺の決意を折りに来る。

「ええ、勿論。先輩が教えてくれれば手っ取り早いんですけどね?」

「絶対に嫌だ」

 引きつりそうになる頬で無理やり笑いかければ、帰ってきたのはぶっきらぼうで不機嫌な声。先輩はいつものどこか威圧的な無表情に戻って、しゃんと背筋を伸ばした。

「謝る必要がないというなら、私ももう何も言わない。疲れてるのに邪魔したな」

 また明日、と言い残して出て行ったのを見送って、大きく息を吐き出して鍵を閉めた。

 謝られてカッとなった、なんていうと俺がおかしい奴みたいだが、山下さんの話を聞いてわだかまっていたものが、謝られたことで小規模爆発したみたいな、きっとそんな感じだ。あんなこと言ってもあの人はどうして俺がこんなこと言ったのかなんて分かっちゃいないだろう。

 今日話した感じだと、本人に話を聞くには果てしなく長い時間がかかりそうだが、まあ気長にやっていこうかな、くらいの心構えはできたのでよしとしよう。

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