第6話その人を知るには
「やれるだけのことを、と思って来てみたはいいが……」
やってきたのは特殊地下資源研究所。事件直後とさらにその後と二回訪れているが、どちらも先輩に連れられてのことだったので、一人で来るのは初めてだ。何をしに来たのかと聞かれれば、今回に限って言えば単なる様子見。この研究所は表向きは地下資源の研究施設ということになっているので、見学か何かできないかと調べてみた結果、電話での申し込みを経てこうなった。ちなみに先輩にはバイトと噓をついてある。インターネットだけでは調べるのに限界があると思ったので、直接出向いてみることにしたのである。
運が良ければ先輩に知られず山下さんと接触することができるかもしれないと思ったが、流石にそこまでは期待できない。仕事忙しいだろうし。受付で見学を申し込んだことを告げると、少し待たされてから白衣の男性に案内されることになった。
メモを片手に、研究所を練り歩く。案内してくれる人の説明は丁寧でゆったりとしていたが、見たこともない機械に聞いたことのない専門用語の洪水で、メモをとるのでいっぱいいっぱいだ。
紙を汚い字とスケッチで真っ黒にしながら説明に目を丸くしていると、案内人の白衣のポケットから無機質な電子音がした。ちょっと失礼、と通話に応じた声が、驚きに軽く裏返った。
「え、山下さんが? ああなるほど」
ちらとこっちを見て苦笑したその人は、一つ二つ頷いて通話を終えると、ちょいちょいと手招きしてこう言った。
「少し移動しよう。次は見学じゃなくて座学になるかもね」
はあ、とよく分からないまま頷き、ついていく。小さな中庭のようなところに出ると、建物の陰にひっそりとあるベンチに見覚えのある横顔を見つけた。
「山下さん!」
「やあ、久し振り……でもないね。こんにちは」
ベンチに腰掛けた研究者は、ひらひらと手を振って微笑んだ。
「見学希望者なんて珍しいなと思ったら、見覚えのある名前で驚いたよ。結構行動力があるんだね」
「別にそんなことないです。俺もまさか山下さんが来てくれるとは思ってませんでした」
「皆方の後輩がわざわざ足を運んでくれたんだ、出迎えないわけにもいかないさ」
そこで山下さんは急に声をひそめ、「このこと、皆方は知ってるのかい」と尋ねてきた。そこを聞かれると痛い。
「先輩は俺がバイトに行ってると思ってます。ここに来たって知れたらいい顔しないと思うんで、どうかご内密にお願いします」
「だろうね。それで? 内緒にしてまでここに来た理由、何かあるんじゃないかい?」
まさか見学だけしたかったわけじゃないだろ、と微笑まれ、小さく頷く。話が早くてありがたい。
「できる限り詳しく、メタモロイドとその適合者について知りたいんです。ネットで公開されているのはメタモロイドそのものに関することばかりで、先輩の――適合者の人達のことは分からなかったので、直接調べに来ました」
「そりゃまた行動が早いなあ。ちなみに僕に話を聞けなかった場合はどうするつもりだった?」
「普通に見学して帰るつもりでしたよ? 先輩は教えてくれそうにないし、山下さんの連絡先も知らないし。だから気付いてもらえてラッキーでした」
そう答えた俺に山下さんは何も答えず微笑んで、案内の人に何事か告げた。
「じゃあ、君の質問に答えることにしよう。座れるところに行こうか」
案内人が変わるみたいだ。今まで案内してくれていた人に頭を下げ、顔見知りの研究者についていく。
「とはいえ、答えられることは多くない。機密を話すわけにはいかないのはもちろんなんだけど、僕たちにも分かってないことがたくさんある。きっと今のデータもすべてが正しいわけじゃないんだと思う。それでも構わないかい?」
「何も分からないよりよっぽどいいです」
そうきっぱりと答えれば、山下さんはやけに嬉しそうに頷いていた。休憩室のような場所に通され、小さなテーブルを挟み向かい合って座る。
「適合者かどうかを調べるのは、まず最初に出生時。諸々の検査と一緒に行うんだが、大体の適合者はここで分かる。適合者だとわかったら親に告知して、最寄りの専門機関……つまりこことかの相談窓口を紹介して、役所には出生届と一緒に適合者証明書を出すことを説明する。生まれてから一年以内に一度は専門機関で講習を受ける必要がある……いろいろやることがあるわけだ。その後は三年に一度、身体検査を奨励してるんだけど……受けてくれる人は多くはないね。送った書類が悪いのかなあ……」
ざかざかとメモを取る合間にため息を落とされる。その書類を見たことがないので分かんないです、と首を横に振ると、そりゃそうだねと頷かれる。
「メタモロイド適合者は、メタモロイドそのものがなければそうでない人たちと全く変わらない……なんてことであれば話はもっと簡単だったんだけどね。たまに、突然身体能力が跳ね上がって駆け込んでくる人たちもいる」
一瞬痛ましく歪んだその表情に、ぴんと思い当たる節があった。
「先輩もそうだったんですか」
「勘がいいね。もっとも知識があった分、対応は落ち着いたもんだったけど。部活をやめると突然言われたときは、むしろこっちが慌てちゃったよ……」
ふっと説明を区切った山下さんが、遠くを見るような目をした。多分その時のことを思い出しているのだろう。先輩が部活を辞める時に一悶着あったのは覚えているが、まさかそんな理由があったとは。
メモを取るのも忘れてふんふん頷いていると、山下さんははっと背筋を伸ばして照れくさそうに頭を掻いた。
「話がそれちゃったね。他に何か聞きたいことは?」
「ここでは適合者の研究もしてるのに、その辺の情報開示はあんまりしてないですよね。どうしてです?」
ちょっと困った顔をして、山下さんは指折り理由を挙げてくれた。
「個人情報の保護が一番の理由かな。後は、個人差が大きくてデータがほとんどまとまってないとか、そもそも聞きに来る人も少ないよね。関係者にはこっちから説明するし」
納得してもらえたかな、と微笑まれ、メモを取る手を止めて頷く。
「……なんというか、思っていたより病人みたいな扱いをされてるんだな、と思って」
「実際病気みたいなものだよ。ある日突然、自分の体が思い通りに動かなくなるようなものだからね。皆方みたいにコントロールするのはすごく大変なことなんだ」
ページの端に「大変」と書き込み、取ってきたメモを読み返す。無言になった俺に山下さんは不思議そうに尋ねた。
「どうかしたかい? 分からないことでもあった?」
「いえ、そうじゃなくて。自分で言うのもなんですけど、急に来たのにここまで親切に対応してもらえるとは思ってなかったので……」
「それを自分で言っちゃうか! まあ、こうしようと思ったのは僕の意思だし、それほど気にしなくていいよ。それに、皆方に興味を持ってもらえるのはうれしいからね」
小さくため息をついて、山下さんは目を伏せた。
「あの子が友達を作りたがらないのは、まあ本人のコミュニケーション能力にも原因があるにせよ、結局は自分の問題に周りをかかわらせたくないからなんだよ。君との再会だってずっと後悔している」
歯に衣着せぬ物言いが、胸にざっくり突き刺さる。予想できていたこととはいえ、こうもはっきり言われると……。顔を上げるとやたらにこにこしている山下さんと目が合って、つい視線がじっとりと湿る。
「何笑ってるんですか」
「いや、そんな顔するとは思わなくて……皆方に聞いてた話だと、君とはそんなに仲が良さそうじゃなかったから。結構慕ってくれてるんだなーと思って」
「俺、やっぱり嫌われてますか」
暗い声で尋ねると、山下さんは慌てて首を横に振った。
「やっぱりってどういうことだい? 違うよ、君があの子のことをそんなに好きじゃないのかと思ってたからさ。うん? ということはそうか、あの子が君に嫌われていると思っているのか? まあそれはいいや」
個人的にはまあよくないんだけど、流されてしまったので仕方がない。
「君が巻き込まれることを良しとしてないから、詮索も嫌がるしわざとつんけんしてるんだろうね。内心さっさと見限ってほしいんじゃないかなあ」
ぐっと眉間に皺を寄せた俺を、山下さんは穏やかに見つめていた。
「まあ、あの子は人に迷惑をかけるのが極端に嫌いなだけであって人嫌いなわけじゃないから、根気よく付き合ってあげてほしいなというのが僕の本音です。本人には言わないでね、きっと怒るだろうから」
「言いませんよ。山下さんに会ったことがバレた時点で絶対怒られるんですから」
顔を見合わせて力なく笑ってから、口から小さく不安がこぼれた。
「結局、先輩は俺のことどう思ってるんですかね?」
「好きでも嫌いでもないんじゃない? 彼女にとって適合者以外は等しく守るべき者だ。顔を知ってるか知らないかくらいの違いしかなかったりしてね」
どこか冷ややかな声と、残酷で、しかもなんとなく分かってしまうような言葉に表情が強張るのが分かった。
「まあこれは僕の主観だから、本当のところは本人に聞かないと分からないかな。そういう君はどうなんだい? あの子のこと、どう思っているの?」
にやりと意地悪く笑われて、一瞬だけ言葉に詰まる。けどこんなのは高校の時から繰り返し聞かれたことだったから、答えは自然と口から滑り落ちた。
「尊敬できる先輩ですよ。格好良くて、憧れの人です」
自分で言っていて、でも今はきっとそれだけじゃないと思ったので、考えがまとまらないなりに小さく付け足した。
「隠し事が多い人みたいだから、本人の口からいろんな話を聞けようになったらいいと思ってます」
山下さんの微笑ましいものを見るような視線に顔が熱くなったのは、きっと墓まで持っていく秘密になるだろう。なんともいたたまれない。山下さんは帰る前になって、先輩に内緒という条件を付けたうえでこっそり連絡先を交換してくれた。
「何かあったら気軽に連絡してね。すぐに何かできるわけではないだろうけど」
わざわざ出口まで来て見送ってくれた山下さんに頭を下げて帰路に就く。そういえば山下さん自身の話はほとんどしてくれなかったな、と帰る途中で気付いたが、今更どうしようもないことだった。
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