第4話緊急事態

 バイトが終わり、一言も口をきこうとしない先輩に連れられてやってきたのは予想通りに研究所の一室だった。

「また呼び出してしまって申し訳ない。ちょっと楽観視できない事態が起きた」

 深刻な表情の山下さんに出迎えられ、ぴしりと背筋を伸ばす。

「先日君が巻き込まれた事件があっただろ、あれ、実は警察に協力していない適合者のグループからきた人らでね。要するに反社会団体なんだけど。あの場にいたのは全員逮捕したと思ってたんだが、どうやら一人、逃げて拠点に戻ったやつがいたらしい」

 ここからが本題なのだけど、と言葉を切り、山下さんが困った顔をする。

「見せていいもんだと思う? あれ」

「見せなきゃ話が進めにくいと思うけど、本人のいる前で言うのはよくないと思う」

 よく分からないことを言う二人だったが、なんだかんだで見せる方向で同意したらしく、渋々と言った様子で分厚い封筒を手渡してきた。中身を見ろ、ということらしい。

「……なんです、これ」

 声が震えて上ずるのが嫌でも分かった。見ても分からなかったとか、そういうわけではない。それ自体は全く普通の、何の変哲もない写真だ。膨大な枚数がある写真の全てに俺の姿が映りこんでさえいなければ。合成ではないことは写真の背景がここ最近行った場所に限られていたことから分かる。写真を撮られた覚えは、一度としてない。

「私たちは、これを脅迫だと考えている」

 写真と封筒をぱっと取り上げ、先輩はぎゅっと眉間の皺を深くする。

「何が目的なのかは未だ不明だが、少なくとも、お前の身元があっちに割れている。警察協力者の関係者としてな」

「それをわざわざこんな形でこちらに知らせてきたということは、こちらに対する牽制か、それとも君に何か危害を加えるという予告なのか……一応警察には通報したけど、本人からの通報じゃないから対応しかねるって言われた」

 苦虫を噛み潰したような顔の山下さんは、姿勢を正してひたりと俺の目を見据えた。

「何かしらの被害が出ないと警察は動けない。だから、何か起きる前の警戒は特殊地下資源研究所及び、メタモロイド適合者組合で協力してあたる」

「具体的にはどうするんです?」

 そう尋ねると、山下さんの顔から表情がすとんと抜け落ちた。なんだなんだ急に、そんな俺を責めるような目で見て。平淡な声で続いた言葉は、全く予想外のものだった。

「調べてみたら、君のアパートの隣の部屋って今は空いているそうだね。そこに皆方が住む」

 一瞬、何を言ってるのか本当に分からなくなった。

「住む? 先輩が? 隣に?」

「うん。いや僕もどうかと思うんだけどね、結局それが一番確実だよねって結論が出ちゃったんだよね腹立たしいことに」

 山下さんが語尾に本音をねじ込むと、先輩がわざとらしく咳払いをした。山下さんはひゅっと真面目な顔に戻って、何事もなかったかのように続けた。

「これは君に害が及ばないようにするためでもあるし、メタモロイド適合者の犯罪を未然に防ぐためでもある。君には負担を強いることになるけど、どうか我慢してほしい」

 むすっとしたまま黙りこんでいる先輩の方を見やって、山下さんは眉を八の字にした。

「ここまで一方的に話してしまったけど大丈夫かな。君が無理だというなら、強要はできないのだけど……」

「守ってもらう立場で文句なんか言えませんよ。それより先輩はいいんですか?」

「何が」

「何がって、引っ越しですよ? 準備とか大変だろうし、最寄り駅だって変わるし」

 先輩は表情一つ変えずに「問題ない」と言い切った。

「費用は私持ちじゃないし、今の部屋だってここに近くて大学にも行きやすいから選んだだけだしな」

 そういうことじゃなくて、と言いかけた言葉を飲み込んで「分かりました」と頷く。

「とはいえ、君にしてほしいことと言えばこれまで通り普通に生活してもらうことだけだ。できる限り皆方と一緒にいてほしいけど、その辺は二人とも生活リズムが違ったりもするだろうから、無理はしなくていい」

 山下さんは真剣な表情をほんの少し緩めてこう締めくくった。

「これはあくまで警戒であって、実際に何か起きるって決まったわけじゃない。気は抜かないでほしいけど、そこまで悲観しすぎないでほしい」

 そう言われても、急な話すぎて現実かも分からないくらいなんだよなあ。そんな本音をしまい込んで、深く頷いた。


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