第16話

 彼の話を聞き終わる頃には、オリヴィアの紅茶は冷めきっていた。

 底の見えかけたカップを持って外を見る彼の姿は、まるで懺悔をしているかのようにも見えた。

 オリヴィアは冷めたカップを両手で抱え、視線を落とし、声を出した。

「で、でもそれは、彼が悪魔に取り憑かれたせいであなたのせいでは――」

 オリヴィアのフォローに、エドガーは小さく首を振った。

「いや、これは間違いなくわたしのせいだ。もしあそこで私が――私が心に隙を作らなければ、私が未熟ではなかったのなら、こんなことにはならなかっただろう」

 エドガーの言葉に、オリヴィアは小さく唇を噛んだ。それから軽く口を開き、それを閉じた。何も言わなかった。何も言うことができなかったのだ彼女には。

 エドガーは空のカップをソーサーに置き、足を組んだ。

「彼がアルビオンに登録できないのには理由がある」

「理由……?」

「彼は、アルビオンの上層部から、悪魔憑きだと思われている」

「……それは、あなたと、あなたの師が解決したのでしょう?」

「けれども上の連中は、彼が悪魔憑きであると判断した。それは彼の瞳が赤いからだ。赤い瞳は悪魔の印だ。彼は未だ、悪魔に取り憑かれているのだ」

 オリヴィアは思い出す。地下室で、暗闇の中、炎に照らされてみた赤い瞳を。

「余計なことを言ったと思う。けれどあの子は、どうやら君に心を許しているかのように見えた。ああ見えて、あの子は意外と繊細だ――大変なことも多いかと思うが、あの子と仲良くしてもらえたらありがたい」

「……はい」

 オリヴィアの答えに、エドガーの細い目元が柔らかく垂れ下がった。喜びに綻んだその顔に、オリヴィアは気が付いた。どこかで見覚えがあるのだこの表情は。父ではない、母でもない。だからと言って乳母でも、それ以外の誰か使用人でもない。そうだ、これは――

(……私と話しているときの、お姉ちゃんの表情だ)

「楽しそうだなお前ら」

 ふいに飛び込んできた声に、オリヴィアは視線を向けた。

 扉の前にウィルが立っている。お馴染みのサングラスにグレイのパーカー。胸元には神に逆らうかのような十字架が光っていた。その手に持っているのは二冊の本。かなり古い。色褪せて、一部表紙が剥げかけていた。

 オリヴィアが答えるよりも早く、エドガーが反応を示した。

「お茶を飲んでいたんだ。若い女性を持て成すのに、お茶の一つも出さないのは失礼だろう」

「茶菓子もないのにお茶かよ」

「たまたま買い忘れていたんだ」

「気が利かねぇなぁ」

 ウィルはどかり、と大きく音を立ててオリヴィアの隣に座った。ソファが揺れて、オリヴィアの体が数センチ上に浮遊する。エドガーはそんな彼の動向をひどく呆れた瞳で眺めると、諦めたように額に手を当て首を振った。

「随分早かったな」

「今時コンピューターもなしに資料探せなんていうところ、大陸広しといえどここだけだぜ。このご時世、全部手作業でいちいち中を見て探せなんて魅力的な作業任せられたの始めてた」

「充実した時間を過ごせたようでなによりだ」

「五分で諦めて司書のおばちゃんに頼んだけどな。流石だぜあの人。伊達に三十年近く勤めてねぇよ。こんな、資料室の奥深くにある本を、ものの三十分で見つけてきてくれるんだもんな」

 ウィルは本を軽く肩に掲げ背伸びをすると、ばさり、とテーブルの中心に放った。ほわ、と本に纏わりついた埃が舞って、鼻の奥を刺激する。

 オリヴィアはこほこほと咳込むと、ぐるぐると指先で鍵を回すウィルに問いかけた。

「ねぇ、それ、何?」

「これ? これはなぁ」

 ポーンとエドガーに鍵を投げつけ、ウィルは答えた。

「歴史の本だ。主に、百年前の悪魔狩り時代を中心としたな」

 


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