言霊神ナナセの自己実現願望 − 記録係 : キャンディー
第10話 「開いた口がふさがらない」
青々と茂る草原が続く世界にはひとつの大きなクレーターが出来ていた。
今その中央で、ひとりの少年が起き上がる。ヤスだ
「…ん、うぐぐ」
夏場に着るような薄手の半袖と長ズボン。
寝間着だろうか、デザインが実に簡素で、横文字の英語すら入っていない。
それをボロボロに汚しながらヤスはそこから立ち上がろうとしていた。
「…にゃあ。起きたにゃあか、ヤス」
不可解な生物が、穴の外からヤスに話し掛ける。
猫顔、犬耳、虎の尻尾。
しまいにはサメの背ビレを背中にしょったセーラー服姿である。
いちおう女の子みたいに長い髪を降ろしていた。それは薄茶色。
そして全身短い毛で覆われており、模様は黒く、他は白っぽい。つまり尻尾はホワイトタイガーのようになっていた。
そう、それはドカボンだ。
「えーと、あれ?
なんでこんな所で寝てたの?」
どうやら加護を受け入れた時の衝撃が強烈で、前後の記憶が曖昧になっているようである。
「にゃっはっは。
ま、まあ色々あったにゃ」
言葉を濁して笑う。
ヤスは納得しない顔でドカボンをじっと見詰めていた。
「そんなことより、お前が寝てる間にこっちはやることやっといたぞ」
その隣で聞き慣れた声がする。
そこにいたのはトウジ ――――
「……」
それと見知らぬ少女。
ブカブカな服を着た彼女は、ヤスの方をじっと見下ろしていた。
とりあえずヤスは穴から出ることにする。
(…ん?)
その途中で気付いた。
だから穴を出るとまず第一声に、それを聞く。
「トウジ、お前服は?」
トウジは服を着ていなかった。
正確にはパンツだけ装着している。
ただそれはブーメランパンツで、同じ男だとしてもその股間部の膨らみに目をそらしたくなる。
「ああ、
そう言ってトウジは隣の少女を押し出し、自己紹介を促す。
よくよく見れば、少女はトウジが着ていたシャツとズボンを身につけていた。
しかし灰色のズボンはともかく、上着の昆虫パラダイスが異様な雰囲気を醸しており、変態のトウジが来てるならともかく、これは妹への嫌がらせではないかと思えてくる。
「七原…七瀬です」
ぶすっとした表情で自己紹介された。
「…にゃ」
(そーら、言わんこっちゃないにゃ)
「ちょ!? ナナセ~」
それにトウジが慌てている。
しかしナナセと名乗った少女はトウジの呼びかけにぷいっと知らんぷりだ。
(ほらやっぱり、変なシャツ着せてるからこの子
ヤスはしゃがんで七瀬と名乗った少女と目線を同じくする。
「よろしく、お…僕の名は
お兄さんのお友達。
ヤスと呼んでくれ」
(可愛い子だな)
セミロングの黒髪には艶があり、よく手入れされているのがわかる。おそらくお母さんが気を遣っているのだろう。
肌は健康的な褐色で、太陽の下でよく遊んでいることが窺える。
まだ幼く背も低いが、ひょろっとした感じはない。
鼻立ちはそこそこ、しかし目元はぱっちりしており将来美人になると思われる。
(七原七瀬ちゃんか、ナナちゃんでいいのかな。
…七原?)
トウジの名字は左原砂だ。
「名字違うのに、お前の妹なの?」
「ぬ…、いや……」
「ていうかお前妹いたっけ?
天パの姉ちゃんしか記憶にないぞ」
「…義理の妹が、その、最近見付かってな。
い、いつかお前に紹介しようと思ってたんだ!
ははは!」
怪しい。
どうみても苦し紛れの言い逃れだ。
「にゃぁ」
(さすがに馬鹿なヤスでも、これじゃあにゃぁ)
「……」
ナナセはヤスの様子を窺っている。
「…そっかー。
よろしくナナちゃん!」
(…なんでにゃ!)
ヤスは無邪気に少女へ微笑んでいる。
どうやら馬鹿には考える習慣がないようだ。
「…むうう」
そのヤスの反応に少女はより一層ぶすっとする。
そしてギロリとヤスを睨み、
「……バカ」
「…ん?」
「この馬鹿ヤス!」
吠えた。
「おおう!?」
ヤスは頭が良くない。
しかしそれを正面から、しかも年下から指摘され、さすがに戸惑ったようだ。
「そこは疑うところでしょお!
なに信用してんだバーカ!」
「ば、バカじゃないですぅー。
バカって言う方がバカなんですぅー」
「…お前あの爆発で、脳が劣化してにゃいか?」
思考回路に異常な負担はかかったかもしれない。
しかしこれが事後によるものかは定かでない。
「いい?
あんたはトウジに『こんな可愛い子がお前の妹なわけがない!』っていうの」
「…え?」
暴言に続いての命令口調に、ヤスの対応が追いついていない。
「リピート!」
両手を挙げて抗議してくる。
「お前トウジの妹?」
「…ぐ! まあそれでいいわ。
答えはNOよ!」
ナナセは腰に手を当て、誇らしく答える。
そんな二人のやり取りをトウジとドカボンは少し離れて見守っていた。
「おい、いいのかにゃ?
正体バラそうとしてるにゃ」
ドカボンが隣のトウジに小声で尋ねる。
「…いずれバレるかもしれないし、これが『分析』の結果ゆえの行動なら……」
「
ジトッとした目でトウジを見やる。
「ぼ、僕が分析した時は、確かにそれが最適解だった、ような…」
ドカボンは元気なく、投げやりににゃあと返す。
「じゃあナナちゃんはトウジの何かなー」
そしてヤスは特に怒らず、少女が聞いて欲しそうな言葉を投げていた。
「そう! それよ!
やっと『分析』通りの返しが出たじゃない!」
(分析?)
ナナセは大きく息を吸い、これまた誇らしげに答えた。
「私はトウジの、
「……」
ヤスはトウジ達がいる方へくるっと顔を向ける。
するとドカボンはにゃっはーと口を大きく開けており、開いた口がふさがらないといった様子だ。
またとうの婚約者といえば、どうしてこうなったと頭を抱えている。
ヤスはそれを見てうんと頷いた後、
「詳しく」
と、わくわくしてナナセに説明を求めるのだった。
「……!」
少女はそこにきて初めて、顔をぱああっと輝かせる。
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