第11話 「決め台詞は計画的に」

「あのね、あのね!」


 うんうんとヤスは相づちを打つ。


「トウジはね、私を助けてくれたの!」


「ほうほう」


「いくらやってもやっても、うまくいかなくて…。

 私は、苦労の果てに壊れかけていたわ……」


「重労働で、苦しんでいたのか…」


 ヤスはむうと唸る。


「ああ、私は神格化できる程の情報体になれなかったんだって」


 その時のことを思い出したのか、しょんぼりするナナセ。


「このまま神の卵として腐り、情報の全てはアカシックレコードへ昇華されてしまうんだって、それを受け入れていた」


「…お前も、大変だったんだな……」


 そんな少女にヤスは優しく声をかける。


「…わかってくれるのね、ヤス」


 ナナセは顔を上げ、ヤスの目を見る。


「おう!」


 そしてヤスは力強く微笑んでみせた。


「……うーん、ありゃあ雰囲気で会話してるにゃあね、ヤスの奴」


「いや、さすがに神だって気付いたんじゃあ…」


 ドカボンは気付いてない方に500ゴールド賭けるという。

 少し考え、結局トウジもヤスは気付いてないという判断になり、この賭けは流れた。


「それで、王子様とはどうやって?」


 ヤスは話を促す。

 王子様とはトウジのことだ。


「私が疲れ果てて倒れそうになったその時、ガッと私の手を掴み、そして背を支えてくれていた人がいたわ」


 ヤスの脳内では、連日の過酷な農作業の果て、空腹で倒れそうになった少女が現れていた。

 その近くでその日たまたま同じ作業をしていたトウジ、彼は少女の異変に気付き、側に駆け寄る。


「彼はその時こう言ったの ―――― 」


 肩を抱かれ、農作業帽子からわずかに覗く両者の瞳。

 それがこの日、初めて重なった。


 そしてトウジは気付く。

 その目の奥にある純粋さ、儚さ、自分が探し求めていた尊さに。


 彼女の心音を、背中に回した腕越しに感じ取る。

 彼はしくも、運命の人に出会ったら言いたいと思っていたフレーズ、それを思わず口にしていたのだった。


「俺の人生をやる。

 だから、残りのお前の人生を寄こせ」


 ナナセはいきなりの告白に戸惑う。

 しかしトウジはそれを意に介さず彼女をお姫様だっこすると、監視員の注意を振り払い、少女を木陰のある休める場所まで送ろうとした。


 走って。走って。


「おーと、これはトウジ選手、一目惚れからのプロポーズですわー」


(そっか。

 ロリコンだったか。

 しかも一目惚れかー)


 ナナセには見えないよう口元を隠し、トウジ達の方を見てヤスはにやにやする。


「…なんかあいつ、話の流れが掴めないからって、盛大な脳内変換で理解した気になってないか?」


「奇遇だなトウジ、うちもそう感じたにゃ」


 トウジは片手を腰に当て溜息をつく。


「しかも僕、あんなこと言ってないし」


 その言葉にドカボンは首を傾げた。


「いや、そう解釈されてもおかしくないにゃよ?」


「…え?」


「にゃ?」


 両者しばし、目を点にして見つめ合う。


「ぼ、僕は確か、『僕の加護をお前にやる。だから、お前の力を僕のために使ってくれ』って…」


 うんうんとドカボンは頷く。


「自らの人生を具現化したともいえる加護を譲り渡し、見返りに神の力、つまり、神が存在する意義を自分に捧げろと言ったにゃ」


「………」


「………」


 両者沈黙し合う。

 先に動いたのはドカボンだった。


「言霊神を生み出し、惚れさせて言うことを聞かすまでが作戦だったんにゃよね?」


「僕は鬼か!?」


「にゃんと」


 うわああと叫びながら顔を覆い、現状の展開に混乱しだすトウジ。


「…まだ、その、告白を撤回できそうか?」


 顔を上げ、トウジはすがるような目線をドカボンに送る。

 それに対しドカボンは、ほれ、あれ見ろにゃあれとどこかを指差す。

 トウジはそちらへと顔を向ける。


「だから私は決めたの!

 この人のために尽くそう! いや、この人のものになりたいって!」


 頬を染め、祈るような仕草で、ナナセはヤスに訴える。


「大丈夫だ。

 トウジはお…僕の見込んだ男! 奴に二言はない」


 親指を立てて信頼を示すヤス。

 トウジはそれにうぐうと唸り、項垂うなだれる。

 ドカボンはそんな肩にぽんと手を置いた。


「…でもトウジ、なんかヤスのことばっかで……。

 私達これからどうしようとか、どうなるとか、何も話し合ってくれなくて…」


 ナナセはぶすっとした表情をする。


(トウジの奴が僕ばっかり気にかけるもんだからねてたのか)


「おいおい」


 ヤスがやれやれと呆れた口調で話し出す。


「トウジが俺達の間でなんて呼ばれてるか、教えてやろうか?」


 なになにとナナセは興味津々だ。


「人呼んで、蟲キング!」


「む、蟲キング…」


 あまり嬉しそうでない。


「またの名を分析王!!」


「かっこいいー!」


 ナナセは拍手しながらぴょんぴょん飛び跳ねている。


「トウジの手にかかれば、どんな侵入路も脱出口も、思いのままさ」


「…侵入? 脱出?」


「だから僕は確信している」


 ヤスは姿勢を正し、草原の先を睨むようにして格好かっこつける。


「もう奴の視界の先には、君とのバージンロードが用意されているとね」


「バージン、ロード…。

 結婚!!」


 ぱーんぱーかぱんぱんぱんぱーとヤスが歌い出した。


「ちゃらららん、ちゃんちゃー」


 ナナセとヤスは手を合わせ、くるくると楽しそうに踊り出す。

 不思議な音頭だ。結婚とは関係ないのではなかろうか。


 そんな2人を呆然と見やるトウジ。


 そしてドカボンは、


「腹をくくるにゃ」


 と呟く。


「ナナセよ」


「はいヤスさん!」


 踊りをハイタッチで締め、ヤスの投げかけにナナセは元気に応える。


「この先、2人には楽しいことや嬉しいことばかりではないでしょう」


「はい」


 いい返事だと、ヤスは頷く。


「しかし、それは愛の試練」


「愛の、試練……」


「2人がより互いのことを思いやれるための、単なる踏み台だと思いなさい」


「はい!」


 そしてヤスは膝を折って視線の高さをナナセに合わせる。


「そんでもって、どうしてもって時は、俺に言え」


 小声でそう話し掛けるヤスに、ナナセはきょとんとする。


「このヤス様が何でも、それこそ何でも解決してやる!」


「……!」


 目を見開き見詰めてくる少女。

 それにヤスはにかっと笑って返すのだった。


「だからもう心配するな。

 お前にはトウジがいて、俺がいる」


「………」


 神になってから、いや、神になる前から自分の胸にあった重み、コンプレックスのような何か。

 それがこの一言で、すっと、だいぶ軽くなったようにナナセは感じた。


 少女が抱えていた強い未来への不安、それは希望へと動き出そうとしていた。

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