一話『スポットライトはピンク色』

 今朝の目覚めは良好。

 ようやく熱が下がった喜びからベッドを飛び降り、寝間着を着替えずに部屋を飛び出し、リビングに行こうと階段に差し掛かったところでちょうど階下にいた姉を見つけ、自身の元気な姿を見せびらかした。ところが、姉の顔は笑みに変わることはなく、代わりに驚愕に満ちていた。


「…………誰?」

「誰って、なに言ってんの? ほら、やっと熱が下がったんだよ! いや~、辛かったなぁ、この三日間!」


 熱は下がったとはいえ、病み上がりに過ぎない体で満足ぶる僕。

 一日に一・二回、脇のバケツに絶景をつくりだすようなベッド生活からやっとのことで立ち上がり、病気を治す生活から病気を防ぐ生活に戻れることに嬉しさを全身で表現する。


「僕がこうなったんなら、次は姉ちゃんの番かも──ん?」


 冗談も言える余裕を見せようとしたところで、ふと頬に触れられる手。顔を上げると、姉が目の前にいた。姉は僕の頬の次に髪を触ってくる。熱が下がった程度で大袈裟に思える見開かれたその眼は、まるで不審者でも目の当たりにしているかのようだ。


「…………本当に、吉海なの?」

「……そうだけど?」


 姉の質問の意図が分からず、僕は頷きつつも首を傾げた。

 しかし、そこで僕も異変に気が付く。


「……あれ?」


 最初に髪。

 異様に長い。長さとしては、毛先が肩甲骨に触れる程度。つむじからまっすぐ伸びた僕の髪は、うなじを覆い、耳を覆い、僕が動くたびに揺れていた。


「なんだ、これ。え、声も……?」


 次に声。

 異様に甲高い。鈴を鳴らすような透き通った声は、不思議と喉を痛めることなく、しごく自然に発せられ、僕の耳に、姉の耳に届いていた。


「吉海、胸……」


 次に胸。

 僕の胸は、一目では変化に気づけないが、目を凝らせば分かる程度に膨らんでいた。姉の震える手に触れられると、微かに形を変えたのが分かった。


「あれ、あれっ……?」


 何故かサイズの合わなくなっている寝間着。そこだけはあまり余裕がない腰回り。姉さんに服の袖を捲られ見えた、白い肌。おまけに姉さんがその肌に触れた感想は──


「ぷにぷに……、柔らかい」


 ──とのことだった。


 最後に、僕の体に現れた様々な異変の理由を、全てひっくるめて説明できてしまう一つの大きな異変が、僕の股間に現れていた。


「…………無い」


 もしやと思い、ズボンの中に突っ込んだ僕の手には、男として有しているべきものの感触がまったくもって感じられなかった。


 男の勲章が、消えていたのだ。いつの間にか、忽然と。

 代わりにあるのは、一本の大木が抜けてすっかり寂しくなった丘のみ。直接触れる勇気は湧かなかったが、一枚の布で隔てた程度で分からなくなる変化でもなかった。


「……吉海?」


 次は姉がこうなるかもなどと、縁起でもない。

 要するに。


「……………………姉ちゃん、僕──」


 ──女になっちゃった。


「…………どうして、こんなことに」

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