破・対決鉄鞭幻女の巻

「メシと、女子を戴きたいもんじゃのう、悟空」

「前半はともかく、後半は女犯じゃないんですか?」


 三蔵法師は、痛いほどに減った腹を撫でながら薄い眉を寄せます。


「ときとして、男女の交わりは悟りを開くカギとなるのだ」

「はぁ」


 悟空は歩を進めながら、これから辿り着くむらのことを空想してみる。

 絹の道に点在する幾つもの邑などには、女性商売も確かにある。遅々として進まない天竺行きであるが、儒教の根強い範囲は突破している。三蔵法師もありあまる男のリビドーをたまにはぶちまけたくもなるのだろう。


「あと少しで小さな邑がありますから、そこまでお腹のほうはガマンしてください。女性はもっとガマンしてくださいね」

「ぬう」


 三蔵は歩調を速める。


「急ぐぞ悟空」

「はーい」


 こうして二人は、山間の小さな邑に入っていったのでありました。





 邑に着いた三蔵法師一行は、少し寂れた邑の様子に何事かと思いました。


「もし、そこな老人」


 三蔵は、軒下に佇む老人に声をかけました。


「この邑の寂れようは一体どうしたというのですかな?」


「街への道が、恐ろしい妖怪に塞がれてしまったのですじゃ。お坊様、悪いことは申しません、南に七日いけば迂回する道がありますから、そちらをお進みなされ」

「むう、妖怪とな」


 三蔵の腹が、ぐぅと鳴りました。


「しかし南に七日、街にはさらに七日かかります」


 老人はため息混じりにそう言います。


「おかげで、街との交易もなくなってしまいました。村も寂れる一方で」

「それはお困りでしょうな」


 老人は頷いた。


「妖怪は、海で千年、山で千年生き抜いたといわれる蛇の化身です。とても私どもでは」


 一息吐き、老人は涙をためながら拳を握り締めた。


「息巻いて武器を取った若いもんは、みな妖怪の腹の中じゃ。それからというもの、怒った妖怪は毎月活きのいい男女を差し出すように言ってきおってなぁ」

「むう、まさに悪鬼羅刹」


 三蔵の拳が、血管が浮き出るほど強く握り締められます。


「許せん、仏法の敵だ」


 立ち上がり、街道を進もうとする三蔵。


「ああ、そっちではありませんぞお坊さま!」


 妖怪の待つ山間の街道を進もうとする三蔵に、老人は慌てて追い縋った。

 そんな老人の肩に、悟空は手をおいた。


「安心してくださいご老人。お師匠様はきっとその妖怪を退治してくださいますから」

「え!?」

「義を見てせざるは、信心無きなり。お師匠さまの言葉です」

「お、おお」

「人を救うのが僧の勤め。安心なされませ」


 玄奘三蔵法師、破戒僧でも実は正義の味方なのである。

 悟空の言葉に、老人は道を往く僧を見る。

 よく見るとその僧はあまりにも大きすぎた。

 ごつく、ぶあつく、そして大雑把過ぎた。

 それはまさに玄奘三蔵法師であった。





「幻女さま、街道を坊主がやってきます」


 鉄鞭幻女は部下の報告を聞き、今も生気を吸い取っていた若い男の体をポイと投げ捨てる。


「ほう、何も知らん坊主め。そやつも食ろうてくれるわ」


 体つきはまさに極上の女。

 切れ長の目を妖しく流し、幻女は三蔵の姿を見ようとモニターのスイッチを入れる。


「むう、これは?」


 モニターには、川を跨ぐ橋のところに佇む坊主とサルの姿を映し出している。

 橋の先には幻女の砦があり、坊主はその橋の手前に掲げられた高札を忌々しげに睨んでいる。


「ほほほほ、坊主め、その橋を渡るつもりかえ?」


 モニター向こうのいかつい坊主に、幻女は哄笑をぶつけます。





 三蔵法師は、忌々しげに高札に書かれた文章に目を通します。

 猿も、それを声に出してみます。


「『この橋、渡るべからず。渡れば、人質をひとりずつ殺す』ですって。くそう、やることが汚ぇなあ」


 猿は地団太を踏みながら、師匠を振り返ります。

 阿修羅の形相の三蔵を見たとき、悟空はすこし見たのを後悔しました。

 そこには、幅が20メートルもあろうかという流れの速い川が流れています。


「これは、橋を渡らずとも、泳いでいるうちに人質を殺されかねぬ」

「溺れる心配をしないというのも凄いですね」


 三蔵は、ポムと手を叩くと悟空に耳打ちし、街道を戻っていきました。





「むう、あやつら諦めて帰りおったか。ほーっほっほっほっほっほ」


 幻女は哄笑し、部下に指令を出します。


「村に戻る坊主を捕らえよ」

「ははー!」


 幻女は拍子抜けした興を満たそうと、側近に指令を出します。


「金角、銀角、若い娘を連れて来い。坊主の前に、ちと遊んでやる」

「は、御意」

「ははー!」


 金角と銀角はそろって頭を下げました。

 出て行く二人を見ながら、モニターの電源を落とそうと、フト画面を見たときでした。

 幻女は街道の先から土煙を上げて突き進んでくる坊主の姿を確認しました。


「な、何ぃ!?」


 そこにはしっかりと、長く伸びた如意棒を掴んだ三蔵法師の姿がありました。





「どりゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 三蔵法師は長く伸ばした如意棒を進行方向に水平に伸ばしながら、韋駄天のように疾走します。

 そして、橋の手前まで接近した瞬間に、如意棒の先を穿たれた石の先へ突き、同時に高く跳躍します。


「とう!」


 棒高跳びのように、三蔵は川を越えます。

 しかしその跳躍、そしてしなった如意棒の力は凄く、三蔵の体は川を超え、さらに超え、勢いをつけて落下する先には砦の屋根がありました。

 遠く煙を上げて突き刺さる師匠の姿を確認して、猿は冷や汗を垂らしました。


「外堀内堀を埋めずに、ダイレクトに天守閣。恐ろしい」


 知らず、悟空は両手を合わせておりました。






「おうりゃさー!」


 ズガーン!

 三蔵法師は砦の屋根に蹴りを穿ち、その巨体ともども天守閣の近くに降り立った。


「むう、ここが妖怪の住処か」


 怒りに打ち震える三蔵法師。


「や」

「や」


 そこに現れたのは、美しい少女を引っ張ってきた金角と銀角。


「貴様、いつの間に!?」


 銀閣は少女の体を放り投げると、金閣ともども身構えます。


「ふふふ、おい」


 金閣が三蔵に問います。


「殺す前に、名前を聞いてやろう」

「我らは金角と銀角。幻女さまの側近よ」

「ほう、いきなり親玉クラスか。よかろう、わしの名前は玄奘三蔵、仏教界最強の僧じゃ! 人心を苦しめる妖怪め、覚悟せい」


 三蔵の名を聞いた金角銀角はほくそ笑みました。


「おい、玄奘三蔵!」


 キュポンと、ひょうたん瓶の栓を抜きながら金角が呼びます。


「何じゃ、妖怪!」


 と、三蔵が応えた瞬間のことです。


「む、むう!」


 そのひょうたんの先から抗いがたい吸引力が発生し、三蔵の巨体を吸い込み始めます。


「こ、これは!?」

「ははは、名前を呼ぶ声に応えると吸い込まれる妖術ひょうたんだ。さぁ、吸い込まれ、溶かされ、美味い酒になってしまえ!」

「ぐぬうう!」


 危うし三蔵法師。

 その巨体はスポンとひょうたんに吸い込まれてしまいました。

 軽くひょうたんを揺する金角。

 チャポンチャポンと音がします。


「ははは! 坊主の酒じゃ! 明日になれば1000年寿命が延びる美酒の出来上がりじゃ!」


 銀角も喜びます。

 よろこび勇んで、投げ捨てた少女に向かう銀角。

 と、そのときです。


 ズガーン!


 金角のひょうたんが衝撃とともに打ち震えました。


「ななな、なんじゃ!?」


 ズガーン!


「金角、おぬしのひょうたんからじゃぞ!」


 ズガーン!


「むおおおお」


 ズガバシャーン!


 凄まじい打撃音と破砕音が響き、金角のひょうたんが内側から粉砕されました。飛び散る中身。しゅうしゅうと音を立てながら、三蔵法師はその酒臭い煙の中に立っておりました。


「や、や!」


 敢然と右内懐に立った三蔵法師に、金角は一呼吸遅れて掴みかかろうとします。しかし、その判断の遅れが死を招きました。

 繰り出される金閣の両腕を受け流し、三蔵法師は両掌を金角の頭を包み込むように打ち込みました。側頭部に当てられた両腕が、一気に金角の頭蓋を粉砕します。

 飛び散る血と脳漿。


「ひ、ひぃ!」


 銀閣は腰を抜かし、後退ります。

 人質を取ろうという余裕さえなくなっています。


「見たか、大乗仏教奥義『菩薩掌』!」


 三蔵は金角の死体を蹴り飛ばすと銀角にゆっくりと歩み寄り始めました。


「両掌の間に挟まれた頭蓋は、一瞬において何千回と振動する。脳みそがシェイクになる必殺の教えだ。貴様ら妖怪には容赦せぬ」

「力任せに潰しただけじゃねえか!」


 気丈にもそう突っ込む銀閣でしたが、そこまででした。

 のっしのっし。


「ひ、お助け」

「銀角――」


 三蔵はやさしく銀角の頭を包み込みます。


「拙僧の名を言ってみろ」

「あ、あひぃっ!」





 幻女は、現状の把握をするために金角と銀角を待っていた。

 ぎぃ……。


「おお、金角銀角か?」


 扉の開く気配に振り返る幻女。

 しかしそこに立っていたのは、袈裟を血に染めた巨漢の僧であった。


「む、む!」


 その手には件のひょうたんが握られている。


「貴様が親玉の鉄鞭幻女か」


 玄奘三蔵法師の誰何に、危うく応えそうになる幻女。


「危ない危ない、そのひょうたんに吸い込まれるところであったわ」


 クククと喉で笑う幻女に、三蔵はひょうたんの吸い口を見せる。

 それは閉じられていた。


「こんなもので貴様を倒すつもりはない」

「生意気な坊主め、金角銀角を倒したくらいでいい気になるでない! われは海で千年、山で千年の修行を経た、神蛇の化身ぞ!」

「知らぬ」


 三蔵は幻女の威嚇を素で受け流しました。


「む、む、む!」


 鉄鞭幻女はどこからか、長くて幾つにも先の割れた鞭を取り出し振りかぶります。


「一瞬で殺して食ろうてくれるわぁ!」


 ビュ!

 ズガーン!

 空を切った鞭が、部屋の石壁を打ち砕きます。


「む!?」

「こっちじゃ妖怪」


 三蔵は、幻女の背後から声をかけます。


「は!?」


 幻女が振り返り際に鞭を振るいますが、勢いづく前に三蔵法師が攻め手を受け流し、鮮やかな投げを打ちました。

 どぅ!


「むう!」


 幻女は先ほどまで人の生気を食らっていた寝床に投げられました。

 そこで三蔵を睨みますが、なんと三蔵法師は法衣をめくり、怒張した逸物をさらしながらにじり寄ってくるではありませんか。


「き、貴様、何をする!」


 幻女は、三蔵法師にこのとき初めて恐怖を感じた。

 そして、とある噂話を思い出していた。

 東の大妖、牛魔王を退治した坊主の話だった。


「ま、まさかお前」


 さしもの大妖も、腰を抜かしました。


「目前のもっこりに水さしたのは貴様だな」


 三蔵の目が、暗闇にボゥっと輝きだします。


「貴様、人間か!?」


 それには応えず、三蔵は幻女にのしかかります。


「あ、ああ!」

「とりあえず、これを鎮めようかのぅ」


 ずどむ!


「あっひぃ!」


 三蔵法師の逸物が、幻女の下履きを突き破って陰部にめり込みます。


「摩可般若波羅蜜多心経~」


 逸物を突き刺しながら、ピストン運動を始める三蔵法師。


「あ、あ、ああ!」


 腰を突き入れる動きは、木魚のリズムである。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄」

「あああ!」


 だんだん良くなってきたのか、股間からの音に汁っ気が含まれてくる。


「舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是」

「く、忌々しい坊主め!」


 まだ元気がある幻女をちらりと一瞥し、三蔵は腰のペースを上げる。


「舎利子 是諸法空想 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中無色 無受想行識 無限耳鼻舌身意 無色声香味触法 無限界乃至無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無知亦無得 以無所得故 菩提薩垂 依般若波羅蜜多 故心無圭礙 無圭礙故無有恐怖 遠離一切転倒夢想 究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知 般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯帝羯帝波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提 僧莎訶~!」


 ほとんど一文字一往復の早さで突き入れる三蔵。

 気も狂わんばかりに悶絶しまくる鉄鞭幻女。


「般若心経!」

「ああああああああああああああああああああああん!」


 一喝とともに果てるふたりでありました。





「ああ、素敵」


 裸の幻女がタバコをふかす三蔵に寄り添います。


「ふふふ、可愛い奴」


 あんな調子で『抜か六』どころか『抜か三十三』やられた幻女は、身も心もぐったりとしていたのであります。


「ふう、さて」


 灰皿でタバコをもみ消し、三蔵は腕枕をした幻女に問い掛ける。


「のぅ、鉄鞭幻女よ」

「はい、なんでしょう」


 そのとき、三蔵はニヤリと笑いました。

 ひゅごー!

 スポン!


「ははは、これで蛇酒の出来上がりじゃわい」


 三蔵は銀角のひょうたんを振り、中からの音を愛でるように聞きました。





「う、うう……」

「気がつきましたかな?」


 三蔵は翌日、全滅させた砦にとらわれた人や、生気を吸い取られて死に直面していた人たちに気付けの蛇酒を飲ませていた。

 その効果は凄まじく、かの大妖鉄鞭幻女の力も相まって、人々に活力を与えていったのである。


「ありがとう、ありがとうございます!」


 元気を取り戻し、邑や街に帰っていく人々の声を聞きながら、三蔵法師は優しい笑顔で頷きました。


「お師匠さま」

「おお、悟空か」


 砦内の捜査を終え、悟空がやってきました。


「お前も飲むか、酒」

「え、いいんですか? ありがとうございますお師匠さま!」


 労をねぎらう気持ちもあり、三蔵はひょうたんを悟空に渡す。


「いただきまーす……って、白酒なんですねえ、これ」


 美味しそうに飲む悟空から目を逸らし、三蔵は呟く。


「三十三回分だ」


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