ぬるりと滑り込む銀慾が照らす。

色彩フラグメント『銀翼』





 影踏みで戯れる子供のように、無邪気に唇を啄き合う。慟哭の雨あられは疾うに晴れ上がり、衣摺れの音が愉しげなワルツを連想させた。くびれた腰に回された腕には、雪解けの熱が生まれる。互いの躰を隔てる薄い皮膚をもどかしく思った。

 

 肌を寄せ合って、汗を混ぜ合って、絡ませた舌で、別離を確かめ合う。

 いっそ噛み切って、このまま溶け合って、同化出来ないのなら、どうにも出来ないのなら──。


 満たされたはずの潮が引くたびに、悲しみが顔を覗かせた。心に刻まれた歯型の消し方を、すなわち誰も教えてはくれない。朝が引き離す彼の背には、薄い光を透過する羽根が生えている。必死で食い込ませた私の爪は、せめてその羽根の一枚でも毟り取っただろうか。短針が五の数字を指すのも待たずに、憂いの無い笑みで彼は羽撃いていく。


 どれだけ美化すれば気が済むのだろう。快楽以外を生産しないこの関係に、これ以上を求める私は自殺志願者にも等しい。希死念慮に陶酔するように錠剤を重ねると、時計の針がまた少し早まる。私は進んだ時間の分だけ彼に近付き、醜さに近付き、そして死に近付くのだ。


 それは、まるでヴァニタスの空想画。


 水銀を零したかのような銀色の欲望が、遠くない夜にまた彼を受け入れるのだろう。その醜さに、彼は指を挿れて遊ぶ。舌で味わって、自分を吐き出して、踏み躙る快楽で、また羽根を輝かせる。


 叶うものなら、根刮ぎ刈り取ってやりたいと思う。情欲の唾液で塗り固めたその翼を、私がこの手で引き千切ってやりたいと。

 けれど私は、翼の無い者に穢されるのは御免だ。私の最後の自尊心は、ただその一点においてのみ成り立っているのだから。


 持てる限りの哀しみを捏ね合わせて、涙と吐息を練り合わせる。

 彼の気を引くための慟哭の雨あられを、薄暗い寝室に忍ばせていく。


 浅い眠りの中で、赤い赤い夢を見た。

 彼の背に放った情慾の炎が、紅く紅く立ち昇る夢を──。


 それは、まるでヴァニタスの空想画。

 私は生きながらにして、死を想うエトランゼだ。




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