瑠璃色に歪んだ想い出。
色彩フラグメント『瑠璃立羽』
ういん、ういん──それは、思い出を呑み込む音。
例えば随分とくたびれた君の手紙や、閃きのままに風景を切り取ったポラロイド写真。書き手以外には解読不能の走り書きや、電車を乗り継いで辿り着いた遠い海の煌めき。二次元に詰め込まれた可視化された情報が、ういん、ういん、と呑み込まれる音。
ざーざーとノイズに塗れた、記憶の走馬灯の見苦しさ。美化されているのか軽んじられているのか、それさえも判断がつかない。何もかもが薄れかかって、細部はぼやけるばかりだ。
レコードの上に針を走らせるように、ういん、ういん、と小型シュレッダーの音が響く。消えかけた記憶が上げる断末魔は、上質なクラシックよりも感傷を誘う。
ういん、ういん──目の前の角張った機械に、俺は餌を与え続ける。
俺自身が軽くなるために、思い出の欠片を食らわせる。
心が痛くて、一日に数枚程度──ういん、ういん、ぶいんっ。
一週間も経てば、紙クズがいっぱいになるものらしい。うんともすんとも言わなくなったシュレッダーに、腹を立てるわけでもなく俺は思う。「残りは今度にしよう」と──「またいつかにしよう」と都合よく書き換える。
毎日紙クズばかりを食わされていれば、そりゃあ嫌気も差すだろう。ここはどこぞのお洒落なオフィスではないのだ。
君が残した品々を紙クズと思える自分を、少しだけ褒めてやりたい。歩みは遅くとも、これは成長だろう。生まれ変わりを拒んだ俺は、あの止まった時間から抜け出したいのだ。
君はどんな感情だって、いつも包み隠さずに記してきた。
ある時は手紙で、詩や小説で。ある時は写真で、絵や物語で。
言葉の断片なら、バラバラにしてシュレッダーの中に。
映像の断片なら、バラバラにしてシュレッダーの中に。
やはり今からでも、一つ残らず裁断してしまおうか。
俺はそう逡巡するフリをしてから、思い出の欠片を古びた段ボールへと戻す。
だから俺はまだ──羽化していない。
いつの間にか、君は違う生き物になってしまった。
『どうしてやさしくできないんだろう』
『君といっぱい、セックスをしようと思ったのに』
『私は、君と居ることを選ばない』
最後に渡された手紙のたった三つの言葉を、俺はうわのそらで唱えることが出来る。色褪せるどころか、頭に焼き付いて離れようとはしない。すべてを裁断したとしても、その言葉はきっと、これからも俺を呪い続けるだろう。
ういん、ういん──それは、
羽化した君の姿を、PCモニターの中に映し出す。
巨大な夕焼けは、大地を呑み込むかのように。
極大の太陽を背にした君は、満面の笑みを。
まるで、翼が生えたように。
そこは、どこの国?
どんな言葉で、生きているの?
『君の中からは今もまだ──たくさんの感情が生まれていますか?』
そんなメッセージを、作っては消し、消しては作って──。
俺は濁っていく景色の中で、日々窒息していく。
でも今なら分かる。俺の弱さを、せめて客観的に考えることが出来る。
俺は、羽化しようと懸命に藻掻く君を、鎖で繋ぎ止めようと必死だった。
どんな手段を使ってでも、俺はぬるま湯の中に浸っていたかった。
あの空へと飛び立とうとする君を、裏切り者のように思っていた。
だから今の俺は、君の言葉に二つの答えを返すことが出来る。
君がやさしく出来ないのは、俺がやさしくなかったからだ。
俺がやさしく出来ないのは、蛹の君だけを愛していたからだ。
大空を舞う君の姿を、羨みながら嫌悪する。
俺は醜いその羽こそをシュレッダーにかけて、今すぐにでも生まれ変わりたいのだ。
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