第23話 英雄の息子④


「なあ、お兄サン」


突然話しかけられて、西園寺が足を止めた。

祭りの最中、屋台の並ぶ中心街。

ひとりで警備に当たっていた西園寺の背後には、女性ふたりを小脇に抱えた男が立っている。


「…なんでしょう」


今制服は着ていない。

せっかくの祭りに水を差さないよう、一般人に紛れて警備してほしいとの要請だったからだ。

その為彼が警察官であることは、見た目では判断できないので、余計な問題には巻き込まれないと踏んでいたが。

目の前の青年は西園寺の顔をじろじろと見ながら続ける。


「お兄サンさ〜。ちょっと顔が綺麗すぎじゃない?」

「はぁ」

「俺の女が思わず魅入っちゃってさあ、どうしてくれるのこれ」


そう彼が言うと、両脇の女性が慌てて服を引っ張った。


「わ、鷲尾わしおちゃん。そんなことないから…」

「あなたの方が格好良いよ」


女性を囲うだけあって、彼も整った顔立ちをしている。

しかしながら顔に施した刺青に、普通の生活を送る人間ではないことは明白だ。

面倒ごとを避けたい西園寺が、感情を一切込めない棒読み口調で声を出した。


「良かったですね。彼女たちもそう言ってくれてるし、僕は関係ないです」

「いやいや、これじゃあ俺の腹の虫がおさまらないわけ。わかる?」

「…ならどうすれば良いんですか?」

「いやね…」


男が女性から腕を外し、素早く西園寺のもとまで足を滑らす。

その勢いのまま、彼の顔面を拳で殴った。


「鼻ぐらい潰させてよ」


女性の悲鳴が上がり、その場が騒然とする。

ところが西園寺は殴られた時のまま、直立不動で一切動かない。

彼は顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「下手くそ」


見れば、赤くなっているのは彼の右頬のみ。

顔面の中央を狙っていた男からすれば、これは外したのだ。


「てめえ…」


男が指を鳴らしたところで、祭りの喧騒をつんざく笛の音が響いた。

思わず西園寺がそちらを見れば、夜空に向かって一本の矢が昇っていくところが見える。

(あれは…ブス女の合図)

不測の事態の時のため、決めておいたものだ。

いくら嫌いだろうとも、仕事は仕事。

そちらに向かおうと体を向ける。

ところが無関係なはずの目の前の男は、西園寺と同じものを見ながら小さく声を出した。


「あーあ…斑目サンってば、今日は何もしないって言ってたのに…」


その一言に、まるで脳が揺れるような衝撃を受ける。


「待て!」

「おおっと。関係者?」

「キャッ!」


捕まえようと手を伸ばすが、男は近くにいた女性ふたりを突き飛ばし、西園寺にぶつけた。


「チッ!どけ!」


非情にも女性を押しのけ、すぐさま銃を取り出し構えるが、男の背中は器用に民衆を壁にして小さくなっていく。

一般人の動きではない。

舌打ちをしながら銃を下ろし、唇を噛んだ。

斑目は間違いなく、逮捕されたはずだ。

(どうなっていやがる…!)






「ほお…」


斑目が床を蹴って櫓を離れると、一瞬の間を置いてその場所に木の棒が刺さった。

避けた彼をすぐさま次の木が襲う。

(…反応が早い)

それもするりと踊るように避けながら、斑目が未だ余裕綽々で思考した。

彼が現れてすぐ、さっそく人を斬りつけようと刀を向けた瞬間にこの攻撃だ。

(おかげで人を斬り損なったわ)

さらに言えば、一般人が少ない方向に少しずつ誘導されている。


「……」


首を曲げて飛んできた鉄板を躱した。

この発信源を冷静に見れば、逃げまどう群衆の中、少し先でひとりの女が屋台から飛ばせるものを引き剥がしている。

この距離この速さで重量のあるものを投げるとは、男でもできないような芸当だが、斑目の視線はすぐに移った。


「…違うな」


彼が斑目と呼ばれる所以は、その瞳にある。

編笠の隙間から見える彼の瞳は、戦闘中に瞬くことはない。

その眠らない瞳で彼が見ているものは、敵と、そしてその場の全体図だ。

そこにいる中で誰が鍵なのか、どこを突けば脆いのか、何がいちばん〝面白い〟のか、斑目は瞬時に計算する。

例え目の中に血しぶきが飛ぼうとも、彼が瞼を閉じることはなく、その白目にはまるで呪いのように血の染みが残った。

それが斑点のように見えることから付いた名前が斑目。

人々は畏怖の念を込めてそう呼び、その斑目は彼の強さの源だった。

(あの女はおそらく兵隊…)

そして今、彼の瞳が〝面白い〟と捜しているのは、この混乱の最中、持ちゆる手駒で最速の一手をさした者のことだ。


「…おっと」


女が屋台そのものを持ち上げたのを見て、我に変える。

あの大きさは避けきれないだろう。

盾にしようと近くにいた子供に手を伸ばす。

ところが次の瞬間、腕が吹き飛ぶような衝撃と共に、その手のひらに、矢が刺さった。


「…お前かァ」


矢は彼の手を貫通したがそれに一切臆することなく、斑目が頭をがくんと傾けて振り返る。

そこにいたのは、どんな想像とも違った、幼い少女だった。


「応援を呼びました!すぐに多数の警察官が来ます!投降しなさい!」


雛乃が次の矢を構えて、怒鳴るように叫んだ。

背中は汗だくで、それを隠すように唇を噛んで己を鼓舞する。

応援は呼んだが、多数は嘘だ。

今回のことは予想外で、人も足りなければまともに準備してさえいない。

それでも少しでも怯ませようと思い、放った一言だった。

(お願い…!)


「ヒナちゃん!」


手助けをしようと岬が屋台を投げようとした瞬間、彼女に巨大な塊が突っ込んだ。


「岬さん!」


塊だと思ったのは岬より数倍大きな大男で、彼女と組み合っている。

腕がぎしぎしと嫌な音を立てた。


「どいて!」

「それは聞きかねる。主人を守るのが俺の役目!そして女!お前と戦うのは楽しそうだ!」


男はその身に合った大声を出し、嬉しそうに笑った。

力は拮抗しているが、わずかに岬の足が地面をずりさがっていく。


「岬さん!」

「ヒヒヒ…あの女も面白そうだったがとられてしまったか…まあ、どれだけ来ようとも我は負けんよ」

「…っ!」


その笑い声に雛乃が前を向くと、斑目が手のひらから矢を引き抜いているところだった。

深く刺さった矢を少しも躊躇することなく、力を込めて引きずり出す。


「あァ…あいつらが勝手に我の身代わりなど立ててしまったから、物足りなかったところよ…前回我慢したぶん、今回は楽しいといいなァ…」

「と、止まりなさい!」


斑目がぶつぶつと呟きながら、雛乃へ足を踏み出す。

その頭に矢を放った瞬間、彼の身体が目の前に来た。

(は、速すぎて見えな…!)

彼女の白い首を、刃が横切る。


「……っは…」


雛乃が、止めていた息を解放した。

一瞬、自分の首が落ちたかのように錯覚したが、斑目の刀はすぐ近くで止まっていた。


「なるほど確かに…此度の方が楽しめそうだなァ」


斑目が編笠の奥で、心底嬉しそうに喉を鳴らす。

雛乃のすぐ横にはまるで十字を切るように、刀がふた振り絡み合っていた。

上から地面に刺さったこの刀が、斑目のそれを止めたのだ。


「斑目…この時を待っていたぞ…!」


その柄を握るのは、狐の面を被った後藤。


「後藤さん…」


雛乃が顔を上げる。

面に隠れた彼の表情は一切わからないはずなのに、まるで、楽しそうに笑っているように見えた。






真っ黒な夜空に色とりどりの花火が咲く。

その光が反射して、後藤のつけた狐の面が歪んだ。

状況が状況である。

誰ものんびり観覧する余裕などないが、花火は祭りの中心地とは離れた位置で上げられている。

この騒動には気がついていないのだろう。


「ヒヒ…」


向かい合った斑目が、笑い声を漏らした。

ゆらりと蜃気楼のように揺れながら、刀を鞘に戻す。

その鍔鳴りの音に、後藤が反応した。


「…なんのつもりだ」

「そうは言ってもなァ…そこの娘に右手をやられてしまってなァ…ほれこの通りよ」


右手をひらりと顔の横に掲げる。

先程雛乃が放った矢はとうに抜いているが、その深い傷に血は止まらず今も流れ出ている。


「これではまともに戦えぬ。別の日に再戦せぬか?」

「……」


斑目はその右手を見せつけたまま、ゆっくりと後藤に向かって足を進める。


「これで我を倒しても、本望ではないであ、ろっ!!」


言い終える前に、刃と刃がぶつかり合う金属音が響き渡った。

斑目が掲げた右手はそのままに、左手で抜いた刀を、後藤が受けたのだ。

手にびりびりとした振動を感じながら、後藤が口を開いた。


「…両利きか」

「ヒヒヒ…この手を防いだのは2人目よ。それにしても、久しい刀を見るなァ」


後藤の手元には弥生丸。

斑目の持つ大和丸とは対になる刀だ。

そして、彼の両親が殺された時、現場に残されていたものである。

地面を蹴り、斑目が後ろに下がると、すぐに後藤があとを追ってきた。


「私はッ!貴様に両親を殺された者だ!私の命を懸けて、貴様に仇成す!」

「ヒヒ…我の呪いに勝てるかァ?」


雲ひとつない夜空に、もう一度花火が上がる。

それと同時に、ふたりの間で火花が散った。






「愛子さん!」

「雛乃」


広場の隅に雛乃が駆け寄ると、愛子はがたがたとその人形の体を揺らした。

間髪入れずすぐに怒声が飛んでくる。


「無茶をしおってこの馬鹿者が!」

「ご、ごめんなさい…」

「…死ぬところだったではないか。心配したのじゃ」

「あ、りがとう、ございます…」


愛子としては心からの言葉だったが、彼女の反応は鈍い。


「雛乃?」

「す、すみません。こんなところに置いておいて。行きましょう」


その理由を知る前に、雛乃が愛子を持ち上げ胸に抱える。

動けない愛子を斑目の前に連れて行くわけにもいかず、危ないからと避難させていたのだ。

(事実、自分の命でさえも守りきれなかった)

雛乃が唇を噛む。


「あんな人…どうしたら倒せるのでしょう…」

「……」


目線の先には斑目と戦う後藤の姿。

ふたりの力は拮抗しているように見えるが、悠然と、どこか余裕のある動きを見せる斑目とは対照的に、後藤は死に物狂いで食らいつこうともがいているように見えた。


「まずいな。あれではまるで獣じゃ…」


怒りに我を忘れ、後藤が自身が傷つくのも厭わずに斑目に突っ込む。

雛乃の目には、あの呪いの刀から溢れ出る〝よくないもの〟が映っていた。

ふたりのまわりを取り巻く黒い靄は、その大きさを増している。

斑目はそれをまとっても何一つ動きに変化はなく、むしろ居心地が良さそうだが、 反面後藤は苦しそうだ。

同じものが見える愛子が、願うような声で呟く。


「雛乃…あれはどうにかできんのか」

「…あの刀の呪術は複雑です。やるからには折るしかないです。それに、あの刀で後藤さんの身体能力が底上げされているのは事実ですから…それを手放してくれるとは…」


雛乃が言い澱む。

自分が傷つくのも構わず斑目に突っ込んでいく後藤の姿は痛々しくて、必死で、恐ろしかった。

は間違っている。

けれど彼を駆り立てるものは、雛乃にはわからないものだ。

(私の言葉なんかで説得できるわけがない…)

ならば、誰の言葉なら信じてくれるだろうか。


「ヒヒッ」

「ぐっ…!」


斑目の放った一撃が後藤の顔面に入る。

狐の面が割れ、刀が鼻の付け根に食い込んだ。

対して後藤の攻撃は狙いを逸れ、斑目の笠をわずかにかすっただけ。


「このっ…!」


すぐさま横一文字に刀を振り切るが、斑目が軽やかな動きでそれを避けた。


「後藤さん!」


がくんと力が抜け、膝をつく。

あちこちから血を流す身体が、悲鳴をあげていた。

血が入り込み目も霞みはじめる。


「くそ…!」

「……」


ところが絶好の機会にも関わらず、斑目は動かなかった。

それどころかこちらを呆然と見ており、全身を纏った殺気が消える。

そして次の瞬間空を見上げ、これでもかと口を大きく開けた。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」


ぞっとするほど甲高い笑い声。

斑目はひとしきり叫んだあと、拳を高く上げた。


「待ち人!来たり!!」

「……?」


雛乃も愛子も、当事者の後藤も、その言動の意味がわからない。


「何を…言っている…?」

「思い出した…思い出したぞ…。ヒヒヒ…我が弥生丸を手放した時の、男の子供か…どうりであの時…」

「貴様…父を覚えているのか!」


再び後藤の目に殺意が戻り、ぶわりと黒い靄が大きくなった。

それが見えているかのように、斑目が恍惚とした声を出す。


「あァ…素晴らしい…なんと素晴らしい、理想的な状況よ…」

「この人殺しが…!」

「待てっ!!」


第三者の声がその場に乱入し、銃声が響き渡った。


「…桃太郎さん」

「遅くなったな」


雛乃な言葉に、そう言って笑うのは桃太郎。

その手に握られた拳銃は、天に向かって煙を吐いている。

彼は静かに続けた。


「この場は包囲した。お前らは今、大量の銃に囲まれている」


事実、桃太郎の背後には彼の部下が控え、奥には倒れた屋台を壁にして銃を持つ、多数の人影が見える。


「一般市民は全員逃した。お前がここにとどまる理由は無いはずだ。仲間を連れて、この村から出て行け」


言い終わる前に、弾が一発、斑目の近くの地面に食いこむ。

桃太郎の顔に影が落ち、威圧感のある声を出した。


「それとも、お前が死ぬまでやり合うか?」


(これは…)

雛乃が気がつく。

彼女の位置からよく見れば、彼の部下こそ本物の警察官だが、後ろに潜むのは一般人だ。

銃と見間違えたのは似せた農具で、中には女性や子供、老人もいる。

たくさんの警官に囲まれていると思わせる為の、子供騙しだ。

それでも桃太郎の気迫と、明るさを調節し絶妙な暗さとなった状況が、それを本物だと思わせる。

伝達が行き届いたらしく、花火も今は打ちあがっていない。

そしてその真実に気づいているのか気づいていないのか、斑目は不敵に笑った。


「ヒヒ…良いだろう。赤獅子あかじし!鷲尾!退け」


それを聞き、岬の前にいた大男が彼女と距離をとった。

彼女を指差し、高らかに笑う。


「俺とこれだけ戦えた奴は初めてだ!この場は引くが、娘!また来るぞ!」

「やだ」


岬がべえと舌を出しふざけているように見えるが、その体はぼろぼろだ。

仲間の退却を見届けた斑目は、自身もくるりと背を向けた。


「待てッ!行かせはしない!」


跳ねるようにその場を後にしようとする斑目を、後藤が追いかける。


「後藤!やめろ!」


桃太郎の制止も聞かない。

後藤が両手で振り下ろした刀は、斑目に受け止められた。

それでも彼を殺そうと力を込める。

その復讐に燃える瞳は、眉間から流れる血が入り込りこみ、真っ赤だった。


「殺す…!」

「ヒヒ…。戦うか。それも良い」

「後藤さん!」


雛乃の声にも反応しない。

その上止めたくとも、ふたりの剣撃の間には立ち入ることができない。

(後藤さんがあの刀を…手放せば、まだ話を聞いてくれるかもしれない…)

雛乃が愛子をその場に置き、後藤から背を向け走り出した。


「岬さん!」


(殺す!!)

後藤の肩に斑目の一撃が食い込む。

ミシミシと身体が悲鳴をあげるが、無理矢理動かして斑目へと一歩踏み出した。


『…お前の夢は何か、帰ってくるまでに考えておけよ』


大津の言葉が甦る。

(私の夢?そんなものは決まっている!)


「貴様を殺すことだ!斑目!」

「ヒヒ…」


斑目の首元に刀を突きつける。

柄頭をもう片方の手のひらで押し、刃を差し込もうとした瞬間、予想外の方向から衝撃がかかった。


「なっ…!?」

「っ…!」


横を見れば、先ほどまで遠くにいたはずの雛乃の姿。

後藤に向かって、まるで飛ぶようにこちらに突っ込んでくる。

顔を引攣らせ、唇をぎゅうと結んで頰を膨らませた彼女の想いはひとつだけ。

(怖い!!)

岬に頼んで飛ばしてもらったは良いが、後先考えていなかった。


「くっ…!」


彼女のその表情に、このあとどうするか考えていないのだと察する。

後藤が咄嗟に刀を手放し、彼女を抱え受け身を取った。


「副署長!」

「雛乃!」


激突したふたりが櫓まで突っ込んでいく。

もうもうと湧く砂ぼこりが消えると、後藤がふらつく足で立ち上がった。

あたりを見回すが、すでに斑目の姿はない。


「なぜ…」


かすかに震えながら呟く。

次の瞬間、尻餅をついている雛乃の胸ぐらを掴んだ。


「なぜ!邪魔をしたッ!」

「やめろ後藤!」


桃太郎が止めに入るが、彼の剣幕は止まらない。

それをじっと見つめながら、雛乃が小さく呟いた。


「…後藤さん。…あなたの名前はなんですか」

「は…!?」

「っ…!ふざけるな!」


あっけにとられ力が抜けた桃太郎を振り払い、後藤が前に出る。

雛乃はそれにも臆さず続けた。


「あなたの名前は、」

「ふざけるなっ!!」

「ふざけてませんッッ!!」


間髪入れず返ってきた声は、温厚な彼女からは聞いたことのない怒鳴り声だった。

隠れていた人々が、その騒ぎになんだなんだと顔を出す。

雛乃はどこか悲しそうな顔をしながら、ゆっくりと息を吐くように続けた。


「…ふざけてなんかいません。…あなたの、名前はなんですか」

「……」


その落ち着きに、後藤の頭も少しだけ冷えた。

意味がわからないながらも、質問に答える。


「後藤…後藤幸成だ…」


その返事に雛乃がわずかに安堵して、さらに続けた。


「…なんて書くのですか」

「幸せに…」


後藤が言葉を止める。

一度息を吸ってから、再度口を開いた。


「幸せに…成ると書いて、幸成だ」

「素敵な…素敵なお名前ですね」

「ああ…両親からもらった、大切な名だ…」


自分に言い聞かせるように呟く後藤に、雛乃が優しく微笑んだ。


「後藤さん。子供の名前って、こうなってほしいと願いを込めて、一生懸命考えて、付けるものなんですって…」

「…ああ」

「…あなたは斑目を殺したら…幸せに、成れますか…?」


雛乃はその瞳でじっと、後藤を見つめる。

そこには血に塗れ目を赤く染め、鬼の形相となっている自分の姿だった。

(なんと…なんという姿だ)

これでは、斑目と変わらない。

まわりを見渡せば、こちらを心配そうに見守る仲間の姿も見える。

ため息とともに感情を吐き出した。


「…成れる…わけがないだろうな…」


何かが解けたように全身に痛みが走り、その場に片膝をつく。

急な刺激に耐えられず、目を閉じた。


『尊敬する父親が…警察官をしていたので、私もこの道を選びました』


ぼんやりした意識の中で思い出したのは、巡査になる前、教官に志望理由を聞かれたときのこと。

あの時の自分は、真っ直ぐな目でそう答えた。

今の自分は、なんと言うだろうか。

(私の、私の夢は…)

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