第5話 嘘②


部下からとんだ濡れ衣を着せられているとはつゆ知らず、翌日後藤は徒歩で目的地へ向かっていた。

仕事を中断して来ているとは言え、制服から簡単な私服には着替えている。

通り過ぎた2人の女学生が頬を染めながら後藤を見ているが、その視線などなんのその。

(雛乃か…久しぶりに会うな)

ここ最近は仕事が忙しくて逢いに行けなかった。

同姓同名の別人から電報をもらったのかと疑ったが、指定された喫茶店は雛乃の事務所の真下。

これならば間違いはないだろう。

あそこのマスターには会うたびに舌なめずりをするので非常に苦手だが、それさえ気にならないほど後藤は喜んでいた。


「よお、よく来たな」


喫茶店に入ると、マスター以上に苦手な人物がこちらを見ていた。

その瞬間、今すぐに泣きながら両手を上げて外に出たい感覚に襲われる。


「…雛乃に呼び出されたと思ったが」

「雛乃は急用で外だ。悪りぃな」


(絶対嘘だ!!)

このまま逃げるのも負けた気がして、恨みがましく目の前に座る黒鉄を見ながら席に座る。

後藤はめっぽうこの男が苦手だった。

雛乃の雇い主なので嫌われないように接していたのだが、どうにも人をいじめるのが好きな天性の性悪らしい。

今回も黒鉄の名で呼んでも後藤が来ないことを承知の上で、雛乃の名を騙ったに違いない。


「…何の用だ」

「けんけんするなよ。ここなら色々なおもてなしが受けられるぞ」


黒鉄の含みのある言い方を疑問を持っていると、珈琲を置きに来た店主がバッチンと目配せしてきた。

今ので寿命が縮んだ気がする。


「それはさておいて、今お前の管轄で連続殺人事件が起こっただろ。容疑者が死んだアレだ」

「…新聞に出てる情報ぐらいしか言えんぞ」

「雛乃と出掛けたくないか?」

「んっ!?み、見損なうな!私情で機密情報を漏らすほど愚かではないわ!」


噴き出しそうになる珈琲を慌てて抑える。

一瞬だけ心が揺れたのは秘密だ。


「…仕方ねえな。なら、犯人逮捕につながる有益な情報を与えてやる。俺は捜査協力者だ。だから情報をよこせ」

「その情報が有益かどうかはこちらが判断する!そっちが話せ!」

「馬鹿かお前は。自分だけ得しようって魂胆か?俺は今すぐ帰ってもいいんだぞ」

「なっ…そ、捜査協力は市民の義務だろう」


黒鉄の傍若無人な言動に、後藤も負けてはいない。

ところが黒鉄は余裕そうに手をシッシッと振った。


「勘違いすんな。制服も着てねえお前は完全に私事で来たんだろうが。私人には話せねえなあ。捜査に関係ねえ一般人かもしれねえしなあ」

「くっ…」

「何を期待して私服で来たのかなあこのド助平が」

「わ、わかった!喋る!被害者の個人情報以外だ!他言はするなよ!」


その言葉にご満悦になる黒鉄に対し、後藤は満身創痍だ。

今のやりとりだけでもだいぶ疲れた。


「…先月から先週までの5週間で、この街で3人の女性が襲われた」


3人とも20代の女性で独身。

色白で瞳が大きい、評判の美人だった。


「すぐに殺害するのではなく、どうも一度攫ってから、人気のない場所で暴行を加えるらしい」

「フン…趣味の良いことだ」

「遺体には複数の切り傷と打撲のあとがあった。加害者のものらしい体液も残っていたから、おそらく…そちらの目的もあるのかもな」


後藤が険しい顔をしながら話す。

若い女性が本当に気の毒なことだ。


「異常に手際がいい。入念に下調べをした上で、女性がほんの少しの間一人きりになる瞬間を突いてくる。攫うのも一瞬で目撃者がいない」

「だがすぐに指名手配されたな」

「ああ。先週のことだった。有馬修が夜道をウロウロしているところを、見回りの巡査が発見してな…服に血がついていたから話を聞こうと近づいたらすぐに逃げ、捕まえようとした巡査2人が重軽傷を負った。その後周辺を調べた別の巡査が3人目の女性の遺体を発見した」


見回りの巡査には護身用に武器を持たせてあり、また配属前の巡査教習所にて一通り武術は経験する。

その巡査が2人共返り討ちにあったことに、警察ではかなりの危機感を感じていた。

幸いにも、類を見ない巨躯と隻眼という目立つ特徴があった為、すぐに身元が特定できた。


「だが調べたら登録してある住所は出鱈目。すぐに指名手配の手続きをしたよ…ところがだ」


一昨日の夜のことだ。

住民から指名手配犯に似ている男が部屋を借りているとの通報があり、後藤含め数人の巡査が向かった。

部屋の中はもぬけの殻で、それでも有馬修が暮らしていた痕跡があり遺書も存在した。

遺書にはこの三度の殺人は自分が起こし、もう逃げ切れないものと思いつめて町のはずれの沼で自殺すると書かれていた。


「調べたらでてきたよ…沼からな。とてもじゃないが綺麗ではなかったし、生き物もいたから、とにかく遺体の損傷が激しく体格の良い男性であることしかわからなかった。…が、長屋の部屋は間違いなく有馬が借りており、遺書を筆跡鑑定に出したところ本人に限りなく近いとの結果も出ている。連続殺人鬼は自殺したとして、本署はすでに捜査を打ち切る方針らしい」


後藤が淡々と話す内容を、頬杖をつきながら聞いていた黒鉄がぽつりと口を挟む。


「……お前はどう思うんだ?」

「私は…少し妙だと思う」

「何がだ?すでに状況証拠は揃ってるじゃねえか」

「…私は実際に遺体の出てきたその沼に行った。ひどく汚れていて、臭く息苦しかったよ。自分で死ぬ場所を選ぶ人間が、わざわざあんなに汚れた沼で死のうと思うものなのか」

「……」


2人が黙ったのを察してか、店主の大森が二杯目の珈琲を運んできた。

後藤はお礼は言いつつも目を合わせないようにしながらそれを受け取る。


「有馬修について、ほかに知っていることはあるか?」

「…昨日、念のため有馬修の資料を取り寄せた。有馬修には双子の兄がいるが、その兄が人を殺している」


有馬修と、その双子の兄であるまさるは、北にある山奥の村が故郷であった。

人口20人ほどの小さな村だったが、両親を早くに亡くした有馬兄弟は二人きり。

さらには村八分にされていたようだった。


「当時の有馬修の聴取書を読んだが、随分酷い仕打ちを受けていたらしい。修の左目の失明も村の子供にやられたものだと書いてあった」


ある時、その環境に耐えられなくなったのか、兄の勝が村人のほとんどを殺し焼き討ちにするという恐ろしい事件が起こった。

勝も修も当時は12歳。

弟の修は自宅で寝ており、その自宅も村より少し離れていたことから、騒ぎには気づかなかった。

勝は農作業用の道具や猟銃を使い、次々と村人を殺害していった。

ほぼ全ての村人を殺害したところで、満足したのか勝は火をつけ村を燃やした。


「ところが生存者がいたんだ。その土地の村長の息子で、10歳ほどになる少年が1人だけな。彼はその日は父親に折檻されて納屋に閉じ込められていたらしい」


次の日外部の救援に助けられたその子供は、納屋の小窓から一部始終を目撃していた。


「その目撃者は何故兄が犯人だと?有馬兄弟は区別のつく双子だったのか?」

「いや…話によれば両方父親似だったらしい。目撃者は犯人は有馬兄弟の左眼のある方だった、つまりは兄だったと証言したんだ。さらには、すべて殺し終わったと思った勝は自ら火の中に飛び込み自害したと」


少年の言う通りその付近を調べると、被害者の数よりひとつ多い焼死体が発見された。

その事件に関しては弟の修は無実であり、すぐに児童施設に入ったが脱走したのだそうだ。

(兄と同じく、捕まる前に自害か…)

兄の起こした事件が今回の事件になんらかの影響を与えたのは間違いない。

ひとりごちる後藤に、黒鉄が「最後に」と付け足し疑問を口にする。


「何故有馬兄弟は冷遇されていた?男で当時も力が強かったのなら、むしろ労働力として重宝されそうだが」

「その地方では双子を特別視する風習はなく、食糧不足であったわけでもなさそうだ。亡くなった両親の素行にでも問題があったのではないか?」

「そうか…わかった。ご苦労だったな」


何事か考えながら、黒鉄が席を立つ。

それに驚き、後藤が飲んでいた珈琲をこぼした。


「あっ、熱ッ!おい!有益な情報とやらはどうした!」

「んー…そうだな。お前も一緒に来るか」

「はあ!?」


黒鉄の言葉に目を丸くする。

聞き返そうとした後藤だったが、すぐさまおしぼり片手にやってきた大森に執拗に股間を拭かれそうなりそちらに集中することになった。






(確かにいるなあ…)

窓から外を覗けば、塀の向こうにこちらをジッと見つめる呪詛の影が見えた。

午後8時現在、依頼を受けた雛乃は三國の家に来ている。

三國の家は長屋のような下宿ではなく、一軒家。

ここに1人で住んでいるのだそうだ。


「悠里さんは亡くなっているので、おそらくあれは悠里さんの霊が呪詛化したものだと思います」


なんとなく怖いので窓の障子を閉めて雛乃が三國に説明する。


「通常人が生霊として出す呪詛は、浄化しても本人が生きているのでまた何度でも呪われる可能性があります。けれど霊が呪詛化、所謂悪霊になった場合ですと、霊が成仏すれば術者はいなくなります」

「つまり、あそこにいる悠里の悪霊を浄化すればもう呪いは発生しないわけだね?」


三國の問いに大きく頷く。


「ここに結界を張りましたから、念のため中にいてくださいね」

「わかった。気をつけて」


三國を2階の部屋に残し、雛乃は弓と矢を担ぎ玄関まで下りた。

すでに太陽は沈み、あたりを闇と静寂が包んでいる。

家のまわりは住宅地になっているものの、入り組んでいる上ガス灯もほとんど無い為非常に不気味な雰囲気がある。

(こんなところで1人で呪詛に出くわしたらそりゃあ怖いよね…)

手提げの洋燈を持ち、慎重に家を出る。

一瞬だけ、黒鉄がいないことに心細さを感じるがそれを振り払うように弓に矢をかけた。


「こんばんは、悠里さん」


ぴくりと呪詛が動く。

前回相対した呪詛と違い、生前の悠里の姿を保っているのか人型だ。

こちらを視界に捉え動き出した瞬間、雛乃が矢を放った。


〈アァ…〉


(やった!)

矢は眉間を撃ち抜き、呪詛の姿がゆっくりと消えていく。

ところがまるで自分の身体が消えていることに気が付かないかのように、その歩は足を止めない。

(もう一回…!)

次の矢を取り出したところで、呪詛が口を開いた。


〈…もっと…〉

「え?」


矢を射るのを忘れて、雛乃が固まる。

そのままゆっくりと近づいてきた呪詛は、目の前で消えながら、呟くように言った。


〈もっと生きたかった〉






「雛乃さん!」


玄関が開き、手提げ洋燈を持った三國が顔を出す。


「2階から見ていたよ。見事に呪詛を浄化していたね。本当に有難う!」

「…三國さん」

「夜も遅いし、送っていくよ。何かと物騒だから」

「三國さん、動かないでください」


空気が凍った。

三國が振り返れば、雛乃がこちらにまっすぐ矢先を向けた状態で弓を構えている。


「……どうしたの?」

「さっき、私の中に悠里さんの思念が流れ込んできました」


雛乃の顔は真剣そのもの。

対して、三國は綺麗な笑顔を作ったままだ。


「悠里さんを殺したのは三國さん、あなたですね?」


洋燈の光に下から照らされて、美しいはずの顔が大きく歪んだ。


「……」

「悠里さんだけじゃない。今回の連続殺人は全てあなたの手によるものだった」

「どうしてそう思うの?」

「悠里さんが教えてくれたんです。2人目の被害者の女性は、悠里さんのお友達だった」


雛乃が先ほど一瞬だけ見た悠里の思念を思い出す。

2人目の被害者で悠里の友人である女性は名をみやこといった。

都が死んだとき、悠里は彼女と交際していた男性を疑った。

生前、彼女は悠里にだけ恋人の存在を明かし、悠里は一度だけ偶然、その恋人を見たことがあった。

その恋人こそが三國本人。

ただ名前もわからない見知らぬ男性を探すことはできず、困り果てていたところに、悠里の父親の元に三國がやって来た。


「悠里さんは、あなたが殺人犯である証拠を探していたのではないですか?…そしてあなたに殺された」


都の家は由緒正しい厳しい家系だったので、交際相手がいたことは親にさえ話しておらず、警察に話したところで相手がいた証拠など何もなかった。

それに都が秘密にしていたことを、確信のないまま悠里が暴露してしまうことは気が引けた。

例え本当に三國が都と付き合っていたとしても、殺人犯であるかどうかはわからない。

だから悠里は三國の家をこっそり覗き、郵便物を盗み、三國を監視した。

全ては亡くなった友人のため。

これから殺されるかもしれない女性のため。

普通の女性であった悠里にとって、それはどれだけ勇気のいることだったか。


「悠里さんが死んだ後もあなたに付きまとっていたのは、友人と自分が殺された怨みを晴らすため…嘘が苦手って、それも嘘だったんですね」

「ん?苦手だよ?」


三國がその美しい顔で笑った。


「だから、僕は本当のことしか言ってない。偶然悠里と会ってしまったのも本当。つきまとわれていたのも本当。僕は殺人犯じゃないなんて、口にはしなかっただろ?」

「……!」


雛乃がごくりと生唾を飲み込む。

(大丈夫。相手は細身の三國さん1人。矢をつきつけているし、いざとなれば護身術を使って逃げられる)


「私は迷いません!あなたが少しでも動けばすぐに矢を射ます。このまま自首しましょう」

「そうか…わかったよ」


雛乃の覚悟を感じたのか、三國が大人しく洋燈を置いて両手を上げた。

それに少しホッとした雛乃が力を抜いた瞬間、突然後ろから太い腕に弓を掴まれる。


「なっ!?」


見上げれば、そこにいたのは身体の大きな隻眼の男。

死んだはずの指名手配犯だった。


「なんっ、かっ…!」


次の瞬間、みぞおちに電流が走ったような衝撃。

その衝撃は全身に伝わり、痛みを感じる前に雛乃は気を失った。

(…悠里さん、)

意識を失う寸前、彼女の名を呼ぶ。






「……」


倒れ込んだ雛乃を無表情で見やった三國は、そばの大男と目を合わせる。

口を開こうとした次の瞬間、背後で砂利を踏む音がした。


「有馬修だな?」


暗がりから現れたのは制服姿の後藤。

闇に溶けるように、離れて黒鉄も着いてきている。


「!彼女に何をした…?」


倒れる雛乃に気がつき、後藤の額に青筋が浮かんだ。

それと同時に有馬修が動く。

その巨大な身体で視界を遮るように後藤の前に立ち口を開く。


「け、警察か。あの、無能な集団!おれの力を前にして、指いっぽん出せなかった、おれが死んだと、勘違いした馬鹿なやつら!」


舌足らずで聞き取りにくい声。

にやにやと下卑た笑いを浮かべ、後藤を指差し大声で喋る。

武器である日本刀を持った後藤を前にその余裕は、強さの自信の現れだ。


「お、お前も、おれには勝てな、」

「黙れ。私は今、彼女に何をしたか聞いている」


有馬修の声がかき消される。

決して怒鳴っているわけではないが、それでもその静かな声はわぁんと空気を揺らした。


「あ、あんなメスガキの腹を、殴ったぐらいでなんだって言うんだ。お、お前、気に入らない。手加減しない。絶対にころす」


不機嫌そうな顔になった有馬が両手を構え腰を落とす。

相対した後藤はほんの少しだけ右足を後ろにずらすものの、腕はだらりと下げたままだ。

刀を抜こうともしない。

(い、いちいちむかつく奴だ)

もともとあまり理性的ではない有馬が、ぎしりと音が出るほど奥歯を噛みしめる。

有馬に比べ、目の前の後藤はひとまわりもふたまわりも小さい。

普通に考えれば勝ち目のない場面で、黒鉄がつまらなそうに聞いた。


「刀持ってやろうか?」

「いらん。あんな雑魚に時間をかけている暇はない」

「ぐ、ヴォオオオオ!!!!」


ついに堪忍袋の緒が切れた有馬が、その鉄球のような身体で突進してくる。

両者がぶつかるかと思った瞬間、後藤の重心が少しだけずれた。


「……ぐっ…」


後藤幸成に関しては、彼の若すぎる副署長への昇進を後押しした事件がある。

社会主義を謳う過激派集団が、高等学校を襲撃したことがあった。

当時名門と言われたその学校には、政治家の子供を始め、様々な権力者の子息や令嬢が通っていた。

同集団は事前に示し合わせ離れた場所で複数の火災を起こし、そちらに警察が引きつけられている間に校内に侵入。

通報を受けた警察が慌てて人員を手配するも、そのほとんどが出払ってしまっており、少ない人数と武力での派遣となってしまった。

反面、集団側の武力は過去最高。

指揮官という指揮官がおらず、また複数部署の人間がかき集められた現場は情報が行き渡らず収集がつかない事態となる。

その混乱の最中、冷静に小部隊をまとめあげ集団を制圧した人物が後藤幸成巡査部長。

さらにはその少ない人員のほとんどを学生や教諭の救出に回し、自ら殿しんがりを引き受けた。


「メスガキだと…?」


有馬の突進を紙一重でよけた後藤が、有馬の腹へと一撃を入れていた。

有馬の腕の半分ほどの太さしかないはずなのに、肋骨がミシリと軋む音がする。


「訂正しろ。あんなに美しい女性は他にはいない」


当時、後藤は校内に立て篭もろうとした武器を持つ30人の腕利きを相手取り、刀とその体一つで盾となるどころか制圧しきった。

その胆力と指導力、なにより並々ならぬ強さで彼の名前は一躍有名になる。


「……」


有馬が意識を失い、その巨大な身体が地に沈んだ。


「ああ怖かった!本当にありがとうございます」


突然聞こえてきたのは、三國の甲高い声。

後藤が訝しげな顔になる。


「なにを…」

「私、ずっと脅されていたんです!有馬の弟にずっと」

「弟…?なぜ兄がいることを知っている?」

「知っていますよ。私は兄の勝が焼き討ちにした村の、唯一の生存者ですから」

「なっ…!?」


三國の本名は吾妻昭隆あがつまあきたか

犯人が勝だと証言した少年である。

あの事件で近しい身寄りがいなくなった為、遠い血縁に養子に出されることになった。


「事件が忘れられず、ずっと苦しんできました…。やっと養父母の元を離れ、独り立ちできるようになった時、有馬修が現れたのです」


涙目になりながら、三國は次のように続ける。


「有馬は言いました。自分は犯罪者の弟であると証言したお前を許さないと。言うことを聞かねば、養父母や友人をあの事件と同じ目に合わせる。それが嫌ならば、さ、殺人に協力しろとまで言ってきました」


三國の顔立ちは女性を油断させるのにひどく都合が良かった。

それを利用し、人気のないところまで女性を誘い込んだ後、有馬修が暴行を働き殺害する。


「こ、こんな恐ろしいことすぐ止めたかった…!でも、警察に行けば私も共犯。有馬がいつ私のまわりの人に手を出すかわからない!気が狂いそうだったよ…」


しかし全ては白日の下に晒された。

有馬の悪行は暴かれ、三國の罪も明らかになった。

がくりと地面に四つん這いになり、三國は続ける。


「もういいんだ…。それだけのことはしてしまった。僕のことを逮捕してくれ…」


その言葉に、後藤がゆっくりと三國に近づいて行く。

(彼のしたことは決して許されることではない…が、同情すべきところもある)

後藤が目を閉じ、懐から手錠を出した。


「お前、本当に嘘つくの苦手だな」


突然場を制した台詞。

後藤が三國に近づく足を止め、黒鉄を振り返った。


「お前は主犯だ。共犯者は有馬修の方だろう」


その言葉に三國が顔を上げる。


「そんな…!ひどい。僕になんの利益があるんです?ただでさえも有馬修の兄には家族を殺されたんですよ。そんな男をどうして共犯にっ…どうして信用できると思うのですか」

「できるさ。お前は修の実の兄なんだから」


ぴたりと三國の表情が固まった。

黒鉄は意に介さず続ける。


「そうだろ?有馬勝」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る