幕間 彼は珍しく声を荒げた
「ってなことがあってさ……なあ泣くことか? 二人とも」
「う、うう……だ、だって……今さらっと言ったけど、昔から小さかったって……」
「昔から身長で苦労してんだな、田月……」
「うん、泣くポイントはそこか。感動じゃなくて憐れみか」
後で覚えておけよ、と付け加え、田月はネギトロ丼をレンゲで掬う。もちろん大して傷つかない。面倒なことは度々あるが、田月にとって身長はさほどコンプレックスではない。
でも、と佐藤は真剣な顔で尋ねた。
「……大丈夫だったのか? ストーカー」
「あー、まあ……なんとか? うん」
歯切れの悪い田月の言葉に、佐藤は悪い予感がした。まさか――いや、これ以上聞くのは……。
佐藤の心配を察した田月は、ケロっと返した。
「大丈夫大丈夫――突っ込まれちゃいねえから!」
「「その
軽すぎるヘビーな告白に、二人はそろってツッコミを入れた。
が、気にせず田月は続ける。
「小六の初めだったなー。下校途中で、なんか同じ車見るなーって。そしたらある日無理やり連れ込まれそうになってさー。念のために持ってた防犯ブザー……鳴らすと警察と保護者に連絡がいくやつ鳴らしてさ。相手ビックリして逃げたんだけど。車のナンバー覚えてたからすぐ捕まった」
「怖っ……」
「でもそれ以上に怖かったのは、トイレに連れ込まれそうになった時だなー。いやー、本当にやばかったわー」
「だから怖いわ!! なんでそんなことに巻き込まれるんだよ⁉」
「んなの知らねーよチビだからじゃねーの⁉ 簡単に出来るって思ったんだろ」
田月にしては珍しく声を荒げた。
見た目で他人を値踏みする奴って一定数いるだろ、と田月は言い放つ。うぐ、とシャルルは口をつぐんだ。まさしく自分が、二宮を外見で判断してしまったからだ。
「『なんでそんなことに』? 俺が聞きたいよ。病気もよく『早期発見できれば、こんなことにはならなかった』ってほざくコメンテーターいっけど、病気した人間が悪いのかよ。被害者になった奴が悪いのかよ。『備えていればこんなことにならなかった』って言う奴が、一番嫌いだ」
「田月」
佐藤の言葉に、はっと田月は我に返った。悪い、カッとなった、と謝る。
こっちこそごめん、とシャルルも謝った。
「軽率だった。……ごめん」
「いや……ホント、こんなこと喋るつもりなかったから。気にすんな」
そこで少しの沈黙が流れた。佐藤が話を繋ごうと口を開こうとした時、先に田月が沈黙を破った。
「……でも、あいつの話を聞くときは、『なんで不登校に?』って尋ねるのはやめてくれ。あいつは何も悪くない。不登校になったのは、もうそれしか、方法がなかったからだ」
「体調か? 二宮さん、腹痛酷いって言っていたけど……」
「それが一番の原因ではあっけど……もっと根本的なことがあってさ」
学校には自覚がないんだ、と田月は言う。
「怒鳴るのも執拗に責めるのも指導の一環で、それで今まで100%うまく行っていた――って思ってる。けどあいつが、101人目が現れて、たまたま強い副作用が出た。自分たちじゃなく、あちらの素質に問題がある。そんな考えなんだよ」
「それは……そうなんじゃないの? 今までうまく行っていたなら、二宮さんに問題があるって思うのは普通じゃない?」
悪いことしたら叱るのが仕事でしょ、とシャルルは反論する。
「フランスにいた時だって、先生は怖い人ばっかりだったし、容赦なかったよ」
「まあ中には、はねっかえりな奴もいたけど。でも、二宮はそうじゃない。ちゃんと言えばすぐに理解する。寧ろ、あいつにとって過激さは悪手なんだ。あいつをよく
「30人以上も見てそれは出来ないんじゃない? 二宮さんだけが生徒じゃないし。親だって相手にしないといけないんだから、大変でしょ」
「そうだな。大変だよな。教師の過労死だの、モンスターペアレンツだの、授業の内容が増えたり変わったりだの、給料が少なすぎるだの――大変だから、生徒が一人二人零れてもいいってか。一人体調を崩しても、残りが平気なら問題はないってか」
「いや、そういうわけじゃないだろうけど……」
「大変なら、大変じゃないように環境を改善すべきだろ。なのに見直すことすらしない。っていうか、問題があるんだってことを認識すらしてない。子どもが弱くなった、変わったって言う大人はいるけど、社会が変わるんだから当たり前だろ。――だったら、方法も変わらないとダメだろ」
対応出来ないんならただの無能の集まりだよ、と田月は吐き捨てた。
「何が教育のプロだ。自分たちは大変って免罪符かざして、結局変化を恐れて何も出来ないじゃねーか。環境を変えないのも、知っている苦労の方が安心できたってだけだろ」
「……田月」
「だから、誰も助けないんだ。生徒に、困っている人間を助けろなんていいながら、自分たちは自分のことで手一杯で、俺たちが助けを求めようとすれば迷惑だと言うくせに。
……それを、それで当たり前だと思っていた自分が、一番情けない」
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