『6-1、24番。二宮杏寧。最近、優しい友人が出来ました』 その2







 空き教室に来るように、と言われ、連れてこられた。

 教室には、二つの椅子しかない。

 片方の椅子に座り、先生と向かい合う。

 先生は怒鳴らなかったが、心底迷惑そうに私に言った。



「二宮さん。お友達にブスって言ったらだめでしょう」



 その言葉に、私はイラっとした。

 まるで抑えが聞かない三歳児を注意するような言い方だ。

 いきり立った私は、先生を睨みつけて言い返した。



「確かにブスとは言いました。でも、あちらは随分前から光ちゃんのことをブスっていったり、バイキン扱いしてくるんです。この間も靴とか体操服とか隠されて、」

「そう、でもしょうがないわよ。そういう子だもの」


 私が続けようとすると、先生はもうこれ以上聞いていられないというばかりに遮る。そして、繰り返した。




「あの子はそういう子なの。二宮さんの方が大人なんだから、聞き流しなさい」



 先生の言葉で、もう私は何も続けられなかった。

 別に、珍しい言葉じゃない。

 今までも、何度も担任の先生に相談してきた。その度に言われた。『大人なんだからやり過ごせ』『あなたのほうが大人なんだから』

 何で?

 私は三歳児でもなければ、成人でもない。六年生、誕生日はまだ迎えてないから、十一歳だ。

 それなのに、何故先生たちは私の年齢を操作するんだろう。


 そもそも、『そういう子』って何?

 悪いことしたら注意しなくちゃいけないんじゃないの?

 体操服とか靴とか、隠されても文句を言ってはいけないの?


 グルグルと頭が回る。

 言い返したかった。けれどその度に、胃液が喉にせり上がってきて、気持ち悪い。

 もう帰っていいわよ、と先生に言われ、立ち上がった。けれど、すぐに呼び止められた。



「田月くんのこと、『翔太くん』って呼ぶのは止めなさい。男の子の名前は、名字で呼びなさい」



 心臓を逆なでされたように感じた。


「小学生の男女が不用意に親しくしてはいけません。いいですか」


 なんで。

 なんで、こんなこと言われなきゃならないの。


 そう考えることすらできなかった。


 かすれた声で、はい、と答えた。

 答えてしまった。


 珍しく短い時間で、怒鳴られもしなかった。

 けれど、それを幸運だと思う心の余裕は、なかった。


                ◆



 私が間違っているのかな。

 多分、光ちゃんと仲良くなったのは、寂しかったからだと思う。

 私は友達が欲しかった。本当は、誰とも喋ることのない教室へ毎日通うのが辛かった。

 だから、大切にしたくて。


 光ちゃんのいじめのことを、担任の先生に相談しようとして。

 結果、悪化させただけだった。

 私は「男好き」というレッテルを貼られ、翔太くんも巻きこんだ。先生にああいわれてしまえば――もう、誰にも助けを呼ぶことが出来ないと、はっきりわかってしまった。


 いじめを止めさせる方法として、「やめて」と意思表明するのは有効的だと、どこかの本で読んだ気がした。

 本当にそうなのかな?

 だって、悪口や嫌がらせをする本山さんは、一向にやめない。彼女のやることに乗っかる女の子たちや、からかいのつもりで嫌がらせをしてくる男子も、やめない。先生すら、とめない。

 それどころか、何もしない、見ているだけのクラスメイト達の目が、迷惑そうな色を帯びていた。


『黙っていればいいのに』

『一々騒ぎを起こすのやめてくれない』

 どこからともなく、そんな非難する声が聴こえた。



 反抗すればするほど、周りの目は厳しくなっていく。

 一挙一動を見張られ、私が何かをしようとすれば、針の様に視線が刺さる。

 怖かった。

 何より怖かったのは、私が行ったことが、友達を苦しめているんじゃないかと言うことだった。

 光ちゃんだけじゃなく、翔太くんもまた、男子から何かを言われているんだろう。

 私のせいだ。

 私が下手なことをしたから、クラスに二人しかいない友達を、巻き添えにした。


 私は、光ちゃんを「緒方さん」、翔太くんを「田月くん」と呼ぶようにした。

 そして、どんなことがあっても、声を上げないことを自分に課した。

 息を殺すように、泣かないように。

 先生が怒鳴っても、嫌がらせをされても。何も感じないように。


 ……指先や足先が、冷えるようになったのは、多分その頃だった。

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