『6-1、24番。二宮杏寧。最近、優しい友人が出来ました』 その1
六月某日。
最近、友達が出来た。翔太くんと、光ちゃんだ。
あの机の落書きを拭いた後、翔太くんは何気なく光ちゃんに声を掛け、私と引き合わせた。光ちゃんは私に対して、そして私も光ちゃんに対して戸惑っていた。あっちは私を悪く言っていたし、私も光ちゃんのことを悪く思っていたから。――けれどいつの間にか、仲良くなっていた。
特に好きには思えなかったのに、喋れば喋るほど話が進んだ。不思議だった。
色々正反対だったのが、逆に良かったみたい。
こんなにも居心地がよく喋られたのは、幼稚園の時以来だった。
その日の夕方。
学校も終わって、お使いを頼まれた私が自転車を漕いでいると、ネットでよく使う「orz」の状態になった翔太くんを発見した。その時初めて、家がとっても近所だということを知った。知らんかった。
家の鍵を財布ごと忘れた上に、一緒に住んでいるお祖母ちゃんは夜まで帰ってこないらしい。なんでも、お祖父ちゃんが入院中で、見舞いに行っているとのこと。
「うちでご飯食べる?」
……嘘だ。実はほんの少しあった、下心。ほんの少しね。
それから、翔太くんは割と高い頻度でご飯を食べにくる。事情を聞いたお母さんが子どもだけで一人食べさせるわけにはいかないと、翔太くんのお祖母ちゃんと相談したみたい。ご飯を食べにくるお客さんは博人さんっていうお父さんとお母さんのお友達だけだったから、新鮮だった。
ちなみに、その日の晩御飯は中華おこわでした。
◆
翔太くんや光ちゃんと喋るようになって、三週間が過ぎた。
日々は楽しい時もあれば、やっぱり味気なく感じたり、辛かったり、頭やお腹が痛かったりする。最近は合唱コンクールの伴奏と指揮を決める話で、音楽の授業を受け持つ担任の先生は盛り上がっていた。机の落書きはあれ以来見ていないけど、靴や体操服を隠されたり、悪口を聴こえるように言って、見えるように笑っているいじめっ子の姿は依然としてあった。
私は、とても腹立たしかった。
「言いたいことあるなら、はっきり言ったら⁉」
とうとう耐え切れなくなって、つい大きな声で言ってしまった。
教室がざわつく。視線が、私に集まるのを感じた。
「はあ? 何にも言ってませんけど? なんか言ったぁ?」
本山さんがわからないとでもいう風に、大げさに口と目を開き、眉を上げる。煽っている。もう何べんも繰り返されたことだ。
冷静に、怒りで声が震えないように、私はただ事実を述べる。
「言ったわよ、たくさん。ブスとかバイキンとか、聴こえてる。わからないの?」
「ええ~? 言ってないしぃ~。つーかそれぇ、二宮さんの『ジイシキカジョー』ってやつじゃないのぉ。恥ずかし~!」
あああああ腹立たしぃぃぃ!!!
悪口に抗議するたびに言われる言葉! あんたはそれしかセリフがないRPGの村人Aか! 正直聞き飽きた! でも慣れぬ!!!
自意識過剰って言葉を辞書で引いてこいって言いたい! 絶対あなた漢字で書けないでしょバカだからって言ってやりたい!! 言わんけど!!
「……そうやって煽って、こっちが黙るなんて思ったら大間違いだから」
「はあ? 聴こえないわよ、なんて言った?」
「あなたが一番ブスって言った!!!」一々人の外見のことを言うテメーが一番性格ブスだバカヤロウッッ!!
ざわついた教室が一瞬静まった。
ヘラヘラ笑っていた本山さんの顔が真っ赤に染まる。
「なっ……男に媚びてるアンタに言われたくないわよこのビッチ!!」
「……いつ媚びたって言うの?」
ビッチって。本当、よくそんな言葉が平気で使えるなあ。
そもそも男に囲まれるどころか、私友達自体ほぼいない。あまりにも的外れだ、と思った時。
「田月と一緒に自分ん家に帰ってんでしょ⁉ 見たっていう人結構いるんだから!!」
今度は、私が顔を真っ赤にする番だった。
怒りと、そこに滲む下心を指摘された恥ずかしさ。
その反応を見て、本山さんは幾分か余裕を取り戻したようで、またへらへらと笑い始めた。
「違うよ! あれは近所づきあいで、ご飯食べに来てるだけだもの!!」
「ねえ皆聞いてぇ~。二宮さん、田月を家に連れ込んでるんだって~」
本山さんと仲の良い、明るいけれど調子に乗りやすい男子が言った。くねくねと腰を曲げる様子に、ぷっと他の男子が笑う。
教室が再び音を取り戻した。
私を見る視線が、戸惑いと、余計な騒ぎを引き起こした苛立ちに加え、嫌な好奇心、それから嫉妬の色を帯びる。
そうなのだ。翔太君は、モテるのだ。
だから、私が翔太君と喋っていると、陰口を言う女の子が少なからずいる。付き合ってんの? とからかい混じりに聞いてくる子もいた。どっちも嫌だったけれど、これに比べればましだ。
こんな風にあからさまに、皆がいる前で。私が否定する余地もなく。
卑怯者、と叫びたかった。
「二宮さん。何しているの」
ざわつく教室が、氷の様に固まった。
私を見ていた視線が、教室の入口に集まる。
そこには、私を睨みつける担任の先生が立っていた。
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