そして二人は語る 2


 当のシャルルは膝を抱えて座っていた。行儀悪ぃぞと注意しても止めなかったのでそのままにしている。ようやく泣き止んだシャルルは、拗ねた風に口を開いた。


「……なんでショータは平気なの」

「何が?」

「付き合ってないことに、どうして平気でいられるの⁉」


 そのセリフを切り口に、シャルルは勢いよく立ち上がった。


「おかしいじゃん、どっちも脈ありなのはさすがにわかってるよ! なのに、なんでそんなどっちも『平気です』って顔出来るの? まじでわからないよ!」

「お、おい、シャルル。落ち着けって」

「そんな風に悠長にしてたら、絶対後悔するよ! 物事はっきりさせないと、こっちはその気だったのにあっちはただの金ヅルだったなんてことあるんだからー!!」


「……つまり以前、お前は金ヅルだったんだな?」



 立ち上がったシャルルは着席した。




「……なんでお前がそこまで二宮を目の敵にするのか、よーくわかったよ」

「……シャルル、お前……」

「……その憐れみを帯びた視線を送るのヤメテ……」

「ちなみにそれ何時の話だ?」

「だからと言って掘り下げるのもやめて! 忘れて!!」



 先ほどとは別の理由で泣きだしそうになるシャルル。さっきから飲んでいた田月のアイスティーは既に氷だけになっていた。氷をかじろうかと一瞬考えたが、さすがに諦めてグラスを机に置き、ドリンクバーに行こうと決める。



「平気な理由ねえ……。まあ、強いて挙げるなら」



 だがその前に、田月は爆弾発言を落とした。



「母親が有能すぎるのを父親が妬んで、自分の教え子と不倫してるからなあ。信用してないんじゃね?」



 じゃあ俺、おかわりしてくるわ、となんてことなく田月はテーブルを離れた。

 ピシリ、と固まる二人のことは、正直どうでもよかった。



                 ◆



 ようやく涙が止まった緑川を見て、さてどうしよう、と二宮は考えた。



(『約束』のこと話したら、納得してくれるかな?)



 田月とのことについて説明したのは、佐藤だけだ。それも大分かいつまんで説明した。

 あれで納得し、気にかけてくれる佐藤の存在は、二宮にとって有難かった。カラオケの時も、佐藤が声を掛けてくれた。誰かが知ってくれていると思うと、腹痛の時の寂しさが消える。

 きっとこの二人は、これから二宮の体調を気にかけ、心配してくれるだろう。

 それが、二宮にとって申し訳なくもあった。

 その理由を、うまく言葉には出来ない。

 なんとなく、心当たりはあるのだ。

 気にかけてもらうのは嬉しい。けれど、腹痛を理由に、自分に課せられた様々なことを二人に頼み込んでしまうかもしれない。そういう時、他の人だって大変なのに、自分は腹痛を理由にして頑張っていないような気がしてくる。

 二人が自分のことをあまり好きじゃないかもと疑った瞬間、腹痛を理由に、二人にかまって貰っていると思ってしまうかもしれない。友人の好意を疑いたくない。

 ある程度推理できることが思い浮かんでは当てはまらず、泡のように消える。けれど、罪悪感はしっかり残るのだ。誰かに申し訳ないような、謝らなければならないような。

 気まずくて、二宮は二人から視線をはずした。ふと、机の下に下ろした手を見る。暗い影の中、スマホの画面が眩しく光る。先ほど待合場所のファーストフード店を探すために使ったままだった。何気なく見ていると、画面が受信画面に変わる。

 今日はやけに電話が来るなあと思った矢先、表示された名前を見て立ち上がった。



「⁉」

「……どうしたの?」

「あ、ごめん……。今、電話が来たから、ちょっと外すね」



 断りを入れ、二宮は二人の返事を待たずに出口に出た。外に出ると、クーラーの冷気とは違う、冷たい夜風が照った頬を撫でた。

 慌てて操作し、電話を取る。



「……もしもし」


 思ったより小さい声で尋ねた。すぐに男子にしては高い声で、『もしもし。俺だ。田月』と返ってくる。


『今忙しい? 大丈夫か?』

「うーん……忙しくないって言ったら微妙だけど、いいよ。私も電話したかった」

『……緑川か?』

「……ひょっとして、そっちは井上君?」


 傍から聞けば何のことだかさっぱりわからないが、二人にとってはそれで十分だった。

 思いっきり二宮は長い息を吐いた。電話越しに、田月もまたため息をつく。


「……なんで喧嘩になったんだろ、本当に……」

『俺も理由聞いたんだけどワカンネ』


 さらりと田月は嘘をついた。もしシャルルがこの場にいれば、感極まってまた泣くだろう。いつもシャルルをからかってばかりいる田月だが、友人の秘密に対してはとても律儀だ。


「そっちもよくわかんない理由なの? 私もよくわからなかった……」


 二宮は(自分と同じで、きっと理解できる理由じゃなかったんだろうな)と解釈し、それ以上は踏み込まなかった。さすがに田月にかかっていた容疑は、話す気にもなれなかった……というより、これから話そうと思っていることで頭がいっぱいだった。


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