二人の子どもはかく語りき

そして二人は語る 1


「ごめん、ちょっと言っている意味わかんない」


 二宮杏寧は困惑していた。

 「友だちから電話で助けてと言われたんだけど」と両親に話すと、母親からは「じゃあご飯は友達と食べて来なよー」と背中を押され、父親からは「途中まで車で送る。迎えが必要になったら連絡してくれ」と言われ、待合場所であるファーストフード店の駐車場まで送ってもらった。

 店のドアを開こうと思った時、二宮ははたと気づいた。友人と一緒に夕食をとるのは初めてだということに。初めての体験で浮かれる反面、一体何が起きたのだろうかとドキドキしながら友人を探すこと数秒。

 ――おんおん泣いているモデル体型の女子と、存在に気づいていないんじゃないかと思うぐらい隣で無表情にひたすらハンバーガーを食べる女子を発見。

 とりあえず声を掛け、カウンターで注文し、彼女たちのもとに戻って事情を聴く。そして冒頭の台詞となった。


「つまりねー、妄想癖ならぬ暴想癖を持つ乙女エリりんは、ショタくんがアネさんを誑かして、二宮家に取り入って財産を盗むって考えたわけねー?」

「どういうことなの」

「だ、だって、体育祭の時、田月くん杏寧ちゃんのおかーさんの名前知ってたからぁ……それに、田月くんはしょっちゅう二宮家に入り浸ってるって、シャルル君も言ってたしぃ……信頼をもぎ取って、二宮家の人々が油断している内に家探ししてるんじゃないかと……」


 どういうことなの。二度目は心の中で呟いた。

 緑川の田月に対する信頼があまりにも低くて、二宮は呆気にとられた。そこまで嫌われるようなことを田月はしただろうか。いや、田月と緑川が話す機会は少ない。大抵二宮がいて成り立つ。ということは、自分が勘違いするようなことでも言ったのだろうか。


「あの……茅野さん、何か私、エリちゃんにいらんこと言った……?」

「んー、アネさん、気にしなくていいよー。割といつものことだから」


「昔からねー、エリは一つの情報からあらゆる妄想を膨らませてしまうからねー」あっけらかんと告げる茅野。全く動じてないところを見ると、本当のことらしい。二宮は考えるのを止めた。アンインストール、多分その思考回路は今の自分には理解できない。


「まー、出来るなら気にしないでー。エリが失礼な勘違いをしたことは謝るからさー。ねー、エリー」

「うううう……」

「えっと、誤解が解けたならそれでいいんだけど、それでどうしてエリちゃん号泣してるの……?」

「んー? なんかデート中に、シャルル君がアネさんの悪口言ったらしくてー。なんかあっちはアネさんのこと誤解してるみたいー? で、怒ったエリが売り言葉に買い言葉でー、喧嘩勃発、エリは泣いて帰ってきた」

「なんでまた……」

「まあ、シャルル君の言い分はよくわからないんだけど、原因はわかるかなー。ほら、ショタくんとアネさんってどう見ても付き合ってるのに、付き合ってないって言うからー」


 そこから色々妄想しちゃったんじゃないかなー、と茅野は言った。

 シャルルの自分に対する評価は気づいていたので、二宮は驚かなかった。ただ原因はよくわかっていなかった。


「シャルルくん、アネさんがショタくんの純情弄んでいるようにフィルターかかったんじゃないー? ほら、見た目だけは権謀術数にたけそうなアネさんと、見た目だけは愛くるしいショタ顔のショタくんだからさー。見た目だけはー」

「『見た目だけ』って……なんで三度も?」

「大事なことなので三度言いました」


 つまり、二人の友人は自分たちの関係に不信感を抱いていたということだった。


(……言われてみれば、そうなんだろうなあー。クラス違うのに割とよく一緒にいる男女って、付き合っているように見えるだろうし……だけど私も田月くんも、公には「付き合ってない」って言ってるし……)


 他者から見れば異常かもしれない、と二宮は思った。

 本当に、付き合っていないのだ。互いが互いの好意を分かっているだけで。他人から見れば、「じゃあ何故付き合わない」となるだろう。

 付き合わない理由はある。それを説明することもできる。

 ただ、納得してもらえるかはわからない。

 人によって、「くだらない」「意味不明」と言われるのはわかっているからだ。

 そして、それを言われたくないから、説明したくない。

 他者にとって、くだらなくても、理解を得られなくても、二宮にとっては大事なことだった。

 だから何度か「付き合っているのか」と聞かれても、それ以上のことは説明しなかった。一緒に外を歩いている時、ほとんど知らない人間から、カップルなのかと聞かれること自体、煩わしかった。興味本位で他人の土足に踏み入れるなと言いたかった。あちらは「天気がいいですね」と言っているようなもので、自分がその方面に過敏に反応しているのは自覚しているけれど。


(でも、井上君もエリちゃんも、友人わたしたちを心配してくれていたんだよね……)


 言わないでいたことが、友人たちを不安にさせたのだろう。

 シャルルも緑川も、直接本人にぶっちゃけて聞くことはない。恐らく気になっていても、聞いてはダメだと思ったのだろう。本人同士の問題だと思ったのかもしれないし、聞けば傷つけると思ったのかもしれない。今日その不信感が爆発してしまったのか。


 しかし何故デートでケンカする。

 しかもなんでその場にいない互いの友人の弁護及び相手への批難をする。

 そんな代理戦争、当人たちは望んでません。と、二宮は言いたかった。


                   ◆


「本当、テメェにはがっかりだ」


 田月翔太はため息をついた。

 アルバイトが終わり、ケータイを見ると珍しく佐藤からの不在着信が来ていた。掛けなおすと、「シャルルが今回のデートでトラブった。来てくれないか」とお呼び出しが掛かる。待ち合わせである近くのファミレスに行くと、むせび泣く友人と優しく宥める友人を発見。そして事情聴取。

 すべてを聞き終えて、田月は再びため息をついた。




「……もっと面白いトラブル起こせよ!」

「残念がるのそこ⁉ というか残念がる普通⁉」




 佐藤のツッコミがさえわたる。


「俺はな、シャルルが緊張と興奮のあまりヘマしたり、ヘマしたり、ヘマしたりするのを楽しみにしてバイトを頑張ったんだ。それが女とケンカしたぁ? しかも俺らとばっちり? くだらない上に俺らを巻き込んだ罪、万死に値する」

「死刑宣告かよ⁉ いやまあ、二宮さんのことを悪く言ったシャルルが悪いけど……」

「ちなみに、罪状の割合は『二宮:面白くなかった=2:8』な」

「完璧自分の娯楽優先!!」


 こんな自分勝手な責めたて方見るのも聞くのも初めてだよ! と叫ぶ佐藤に、田月はほぼ飲み干したアイスティーに口をつけた。氷が溶けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る