レッツ! カラオケbattle! 終
◆
(カラオケの冷房は効きすぎる……)
女子トイレに備えられた鏡を見て、二宮は自分の顔色がいかに悪いか確認した。口にはさんでいたハンカチを手のひらに乗せ、拭く。
このままだと心配させてしまうだろうなあ。そう思った二宮は、持参した腹痛止めの薬を飲むことにした。水を貰うためドリンクバーへ向かうと、先に佐藤がジュースを注いでいた。
「佐藤くん」
「あ、二宮さん。……大丈夫?」
「あはは……まあなんとか」
苦笑いを浮かべながら、二宮は白湯の水を飲む。割と猫舌なので冷めるまで少し時間がかかるが、今お冷を飲むと更に腹を下す可能性があった。
「今ここにいたのが佐藤くんでよかった」
「え?」
「ほら、私の腹痛事情知ってるから」
井上君やエリちゃんだったら、説明しないといけないからと二宮は言った。
「説明する分にはいいんだけど、ほら、せっかくの楽しいカラオケだから。水差すのはちょっとと思いまして」
「ああ……たしかに。あの二人、心配しすぎて暴走しそうだ」
特にシャルルは、今までの態度を振り返って猛省するかもしれない。今のところシャルルは、二宮の腹痛事情を知らないからああいう態度をとっているんじゃないかと佐藤は考えていた。よくはわからないが、シャルルは二宮に対して、弱者を虐げるイメージを持っているようである。まあ、こう綺麗な容貌だと、ある種とっつきにくさはあるかもしれない。中身を知れば割と普通の子なんだが。あいつ二宮以外はフェミニストだし、根は真面目だもんなあ。知ったらカラオケどころじゃなくなるだろうなあ……と佐藤が思っていると、「心配してくれるのは嬉しいんだけどね」と二宮が区切った。
「初めてなんだ。田月くんだけじゃなくて、友達と一緒にカラオケに行くの。だから、嬉しかったんだ。嬉しいから、ケチをつけたくないの」
「……田月は、今二宮さんがハライタなの気づいているのか?」
「気づいているよ。気づいていて、気にしないようにしてくれてる」
敢えて心配しない。それは強固な信頼関係じゃないと成り立たないだろう。
改めて佐藤は、この二人には自分には計り知れない何かがあることを確認する。
「まあ、日常茶飯事ですからっ。私もこうして痛み止めを常備するぐらいは慣れているからね」
「そうかー、さすがだなー」
「でも、佐藤くんは大げさに心配しないね。体育祭の時もそうだった」
必要としてくれる分だけ、心配してくれるんだね、と二宮は微笑んで、そしてその笑みをすぐに陰らせた。
「……私は、いつも心配をかけてばっかり」
懺悔のような言葉だった。
何故急に表情を曇らせるのか、佐藤にはわからなかった。ただ、誰に対してかはわかる。けれど、先ほどの信頼関係を見たばかりでは、どうしてもその言葉の意味がわからなかった。
わかったのは、この日が終わった、翌日のことである。
◆
「……えー、今回のカラオケ大会のMVP(Most Valuable Player)は、佐藤で決まりだな」
「なんでわざわざ頭文字で省略した英単語を述べるのショータ?」
しかも無駄に発音がいい。それはともかく。
「いやあ……大穴だったね」
「すごかったです、佐藤くん。まさかOZAKIの『I love you』をあんな情緒たっぷり……その上100点満点だなんて……」
「しかもその後の曲も基本100点に近かったもんね……今回は負けだよ……」
「ま、お前のジ●リは俺の『さ●ぽ』に負けてるんだけどな!」
「そろそろ怒るよぼく」
というわけで、一番歌がうまかったのは意外にも佐藤だった。
今までの佐藤の人生に、カラオケに行く機会はほとんどなかった。せいぜい彼女とのデートで行く程度である。それまでも平均で90点後半を叩き出していたが、彼女も歌がうまかったので「カラオケは普通に100点叩き出せるもの」だと思っていた。口に出さなくてセーフである。
「というわけで、MVP(Most Valuable Player)の佐藤選手には特別に景品を差し上げまーす」
「だからなんでわざわざ……って、景品? 聞いてないけど?」
戸惑うシャルルをよそに、田月は自分のカバンから取り出す。
「はい、遊園地チケット二枚分―。おめでとー」
「ってボロ! グチャってなってる! 景品大切にしなよ! ……え?」
遊園地のチケット? シャルルはついグシャグシャになったチケットを二度見した。
「……これって」
「そーだせっかく二宮がお前と緑川のためにと譲ろうとしていたのに断ったチケット「うわああああ!」」
慌ててシャルルは田月の口を塞ぐ。だが、一足遅かった。
「え? ……なんであたしとシャルル君に遊園地のチケットを?」
「あー、私がいらなかったから、他の人に譲ろうと!」
焦った二宮がフォローに入る。
故意なのか天然なのか判断できないが、勝手に友人の恋心を暴露するのはどうだろう。良心的存在二宮は田月を少々批難しつつ、何とかしてこの場を誤魔化そうとした。
だが如何せん、二宮はパニックになりやすいタイプだった。
「ほら私! 友達少ないからぁ!!」
少ないからー! からー! らー! ……。
夕焼け空に、エコーしたソプラノの声が吸い込まれた。アホーとカラスが鳴いたような気がする。
「……少ないから、すぐ思いついたのが井上くんとエリちゃんだけだったんです……茅野さんは日ごろから演劇部大変って聞いてたし……佐藤くんも忙しそうだったし……」
「ごめんそういうこと言わせるつもりじゃなかったの! ごめん!」
「……ごめん二宮さん。ホントごめん……」
緑川は『友達少ない』発言を言わせてしまったことに、シャルルは今までの諸々のやらかしたことを謝罪した。楽しい思い出にケチをつけたくないという二宮の健気な思いは、全て好きな男に木っ端微塵にされた。
「ま、でもうちの高校はすでに敗退してるし、もうそんなに忙しくねーんだろ夏は。彼女いるんだから一緒に行ってこい」
「さらりと傷をえぐるのはやめろ……それに無理だ」
「? 野球部って夏も練習大変なのか?」
「いや、そうじゃなくて。俺、フラれたから。彼女もういない」
……夕方とはいえ、まだ蒸し暑い空気に、氷点下の風が流れた。
「……ソリャ大変ダー! ドウスッカナー!」
「そうそう、大変大変。さすがに一人で遊園地に行きたいとは思わないからな。交通費かかるし、俺一人で過ごす時は出来るだけ金を掛けたくない主義なんだ」
「アーア、モウコノチケット捨テルシカネーノカナー!」
「さっきから似非外国人になるのやめてよ!! わかったよぼくが貰うよ!」
緑川さん! とシャルルが叫ぶ。
「ぼくと一緒に行ってくれる⁉」
「え、あー……遠征前だったら。といっても、あと一週間しか開いてる日ないんだけど……」
「わかったじゃあ明日行こう!! 日曜日だ!!」
「あ、うん……いいけど……あたしでいい「緑川さんがいい!」……ならいいんだけど……?」
緑川はさっぱり状況を理解できず、勢いにのまれ承諾した。
二宮は、佐藤と田月にこそっと聞いてみる。
「……田月くん、佐藤くんに彼女いないの、あらかじめ聞いていたでしょ?」
「あ、バレたか」
「棒読み過ぎてわかるよ……佐藤くんもそれに乗ったんだね」
割と自虐的で固まってしまったが。先ほど『友達少ない』発言をしてしまった二宮は、他人のことは言えなかった。
「まあ、いい加減じれったくなったから。……大分緑川が鈍いのが心配だけど……」
「うん……エリちゃん、すっごく鈍いよね……」
「ああ……まるでどっかの吸血鬼ラブコメのツンデレヒロインのようにな……」
「田月くん、何言ってるの?」
はたして無事デートは成功するのか。
佐藤と二宮は正直不安であった。田月は絶対何かが起きると思ってワクワクしていた。
そして、その予感は見事的中するのである。
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