レッツ! カラオケbattle! 2

 一番手の緑川エリが選んだ曲は、流行りのドラマの主題歌である。

 緑川はアイドルが好きである。J-POPかK-POPの有名なアイドルグループなら大抵の歌は聞きかじっている。だが、全て歌えるかと言えばそうではない。

 彼女の音域は高くもなく低くもない。女性ボーカルの歌を歌おうとすれば高音が届かず、男性ボーカルの場合は低音で声が掠れてしまう。よって、音域はかなり狭い。


 76点。採点コメントは『普通です。この実力ならこの世に掃いて捨てるほどいます』という、なんとも無情だった。

「ひでぇな」

「コメントに悪意を感じますね」

「いやまあ、私も上手じゃない自覚はあるし……」


 良心的な人間である佐藤と二宮のコメントに、緑川は乾いた笑い声をもらす。カラオケにはそこまで通わないし、カラオケと音楽の授業以外は歌う機会などない。最初から声量を出すのも苦手で、しゃくりは多いものの、ビブラートはかなり少ないため加点も芳しくない。

 でも、と彼女は真顔になって続けた。


「チエミはこんなんじゃないから。あの子歌うと、部屋の前を通った人が気絶するぐらいだから」

「そんなにか」

「声量だけはあるからね。演劇部だから」


 茅野がカラオケを断ってくれて正解だったかもしんない。佐藤はそう思った。


「ところで、一番五月蠅そうな二人が静かなんだが」

「え?」

「そういえば、さっきから井上君と田月くんが、一言もしゃべって……ない……」


 二宮は後ろの席に座っている二人を見て、絶句した。


 三人が振り向いた先には。

 号泣しながらカバンを振り回すシャルル(イケメン)と、彼を羽交い絞めにしてプルプル震えている田月(ショタ顔)がいた。


「……なにしたんだ」

「緑川の歌を聞いて感動して泣いて、機械の評価にブチ切れて乱心した」

「ご乱心!!?」

「だって……上手だったじゃん……なのにこの機械何様……」

「井上君、気持ちはわかるけど……」

「うう……絶対中居より上手だもん……」

「シャルルやめろ。多方面から苦情が来る」


 シャルルの乱心は、緑川の「あたしは大丈夫だから。ね?」という窘めと笑顔でなんとか収まる。

 シャルルには聞こえないように、緑川は良識人二人に耳打ちした。

「シャルル君、割とこう……変わった人なんだね。学校だと、スマートで女の子に囲まれているイメージがあったから、意外」

「……ソウカモナ」

「ソウデスネ……」


 シャルルが緑川に気があることを知っている二人は、片言で返す。


(というかシャルルお前……本当緑川が絡むとキャラ変わるな……)

(エリちゃんの中の井上君の株、下がってはいないと思うけど……遊園地のチケット、渡さなくて正解だったかもしれない……)


 二人きりで緊張したシャルルが、遊園地で何をしてしまうか。二宮はちょっと想像して、考えるのをやめた。







 緑川が歌っていた間、二番手の二宮は困っていた。

 二宮はドラマをあまり見ない。芸能人もあまり知らない。テレビで見るものはアニメぐらいだ。よって知っている曲はアニソンばかりである。

 しかし彼女の知っている曲は、アニメに詳しくない人は知らない曲なのだ。


(どどどどうしよう? 皆が知っている曲がいいよね? コ●ンとか? でも私コ●ンはたまにしか見ないし……劇場版だってそこまで曲が知られているのは……)


 緑川の歌を聞きながら、リモコンの画面を見続ける。そして天啓のように、彼女はひらめいた。


(あるじゃない、皆が知っていてかつ劇場版に使われたクラシカルな歌が――!)






 そして。

 緑川の次に流れた曲名は、『Amazing Grace』だった。


(讃美歌……)

 何故それを選んだ。

 誰もがツッコミを入れたかったが、曲が始まるとそのツッコミはどこかへ飛んで行ってしまった。

 それは、二宮の歌声が圧倒的だったからである。





 ……いや、上手下手を言えば、上手の部類に入るだろう。

 だが、圧倒的だったのは、



(キーたっか!)

(ビブラートの数やべぇ!)

(こぶしがやたらと入ってる!)




 という、選曲を上回るほどのツッコミの嵐であった。

 これが讃美歌だったから良かったものの、J-POPを歌った場合はかなりアンバランスだっただろう、と佐藤は思った。

 点数は85点。『音程が結構外れてます。アレンジも結構ですが、その耳が飾りじゃないならもっと原曲をしっかり聞きましょう』というコメントを貰った二宮は、中々にショックを受けた。

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