レッツ! カラオケbattle! 1

 それは田月翔太の一言で急遽決定した。


「テスト明けっつったらカラオケだよな!」


 テスト期間最終日。田月翔太は同クラスの井上シャルルと佐藤健吾に話を持ち掛ける。


「つーわけでカラオケだカラオケ。シャルル、お前強制参加な」

「何その人権無視⁉ ぼくだって予定が――」

「お前が今日予定がないことは知ってんだ。佐藤はどうする?」


 田月の言葉に、佐藤は「あー……じゃあ行こうかな」と言う。

 ヤバイ、このままだと流される。察したシャルルは、最優先に聞かなければならないことを聞いた。



「……ちなみに、それ、二宮さんは」

「いるけど?」

「あー、ぼく今日父さんの店手伝わなくちゃいけなかったんだよねー、さよならっ」

「まー、待て待て」



 荷物をとりかかったシャルルの肩を、笑顔で田月が捕まえる。

 メキョっという不気味な音がした。


「痛い痛い痛い! 骨! ミシミシ言ってる! 肩! 食い込んでるっ! 握力いくらなの⁉」

「はっはっは、俺ごときの握力、蚊すら潰せないさ」

「嘘つけ!」

「まあまあ落ち着けよ。お前が二宮に苦手意識を持っていることは知ってる。けど、もっと重要なことがあるんだよ」

「重要なこと……?」



 掴まれた肩を擦りながら、シャルルが訝しげに尋ねた。

 ああ、と田月はとても真剣な顔で頷いた。




「五人以上で行くと、団体料金で割引されるんだ」

「とことん自分の都合しか考えてないよこの人!!」



 どんだけカラオケ行きたいの! と叫ぶシャルル。

 しかし、次の田月の言葉で、シャルルは頷かざるをえなかった。


「ちなみに、緑川来るぞ」


 五秒の沈黙の後、蚊の鳴くような声で、シャルルは答えた。


「……行く」

「よし」

               ◆


 メンバーは田月翔太、二宮杏寧、井上シャルル、緑川エリ、佐藤健吾の五人である。

 普段室内で点ける照明より、若干薄暗いカラオケの部屋。ソファに腰かけて、田月はぽつりとつぶやいた。


「茅野、来なかったなー。あいつの性格からして、来るかと思ったんだけど」

「ああ、チエミ? 今日から演劇で忙しいって言っていたよ」


 田月の疑問に、緑川がさっそくメニューであるタブレットを使いながら答えた。

 なるほど、茅野千恵美は我が明昌高校演劇部の名女優。夏の総体スポーツ大会が終われば、今度は秋の総文祭文化祭が始まる。今の時期は県の予選に向けての稽古が行われているんだろう。

 全員が納得した様子を見せる。その直後、緑川は「まあ稽古がなくても、カラオケには行かないと思うよ」と続けた。




「チエミ、ジャ●アンレベルの音痴だから」

「⁉」




 茅野が音痴だということに驚く。しかしそれ以上に、幼馴染の弱点をあっさりばらす緑川に全員が戦慄した。名女優が極度の音痴とは。あの傲岸不遜な茅野にとっては、恐らく死ぬ気で隠したい弱点であろう。

 しかし緑川はいたって普通である。いたって普通に「ポテト頼もうかなあ」と言っている。



「なあ緑川、ひょっとして茅野に対して憤りがあるんじゃ……」恐る恐る田月が尋ねる。

「え、何突然? ないよ?」

「ほ、ほんと……?」

「いや、仮にも幼馴染の弱点を知らぬところで暴露するっていうのは……あいつの性格を考えると」

「え? チエミの事情とか一々考えたらおしまいだよ?」

「あいつは一体お前に何したんだ⁉」


 緑川の闇を垣間見た気がした。それ以上に、茅野千恵美は過去に何をしたのか。想像するのも恐ろしかった。


 気を取り直して。

 まずは歌う順番を決めよう、と田月が言った。



「そこは主催者のショータが最初に歌えば……」

「バカやろう。それじゃまるで、俺が周りの意見を聞かないジャイナニズムな人間じゃねーか」

「ぼくの都合はサッパリ聞いてくれませんでしたけどねぇ!!」


 シャルルの悲痛なツッコミ。だが田月は見事にスルーする。


「とりあえずじゃんけんか?」

 シャルルの不遇を一部始終見て、居た堪れなくなった良心・佐藤が提案する。しかし田月は、その提案を下げた。


「勝った奴か負けた奴かで悩むじゃねーか。それに、永遠に相子でエンドレスってこともあるからな」


 よし、と田月は言った。





「『裏か表』で決めよーぜ!!」

「「それもじゃんけんの一種だ(よ)、田月(くん)!」」



 佐藤と二宮のツッコミが重なった。



「別に勝敗決めるわけじゃねーだろ?」

「そうだけど! それフツーはグループ分けに使うじゃんか!」

「丁度メンバーは奇数だから、三人同じ奴出した奴が残ってやればいいし。で、最後に仲間外れになった奴が最初に歌う、これに決定!」

「田月くんそれは『二人組になってー』の悲劇的結末だよ!!」


 結局一人残って例外に三人組になるも、なんとなくフィールドアウトしてしまう一人ぼっちの処遇である。



「なんだよいいじゃねーかー。こうしている間も刻一刻と退室時間が迫ってるんだからよー」

「……ショータ、キミは十分ジャ●アンの気質があるよ。自覚ない?」



 しかし、そこで議論していても不毛なのは全員分かっていたので、一同は田月の提案を飲むことにした。




「『裏か表』って、どっちが表?」シャルルがこっそり尋ねた。フランス育ちの彼には馴染みがないようである。

「ああ、手のひらが表だよ。甲が裏」緑川が答えた。


「よし、皆ルールは理解できたか? それじゃ――」

 田月が音頭をとる。



「「「「「うーらかおもーて」」」」」




「「……ぷらこっこのこけこっこ!!」」



「……え?」



 二宮と田月が続けた『唄』に、緑川が動揺した。



「なに? そのてんぷらこ……って」

「え、言わないか? 俺たちの地域じゃこれなんだけど。なあ、二宮」

「う、うん……違うの?」

「違うよ⁉ 『裏か表』までだよ⁉」


 どうやら「うらおもて」には地域差があるようだった。

 カルチャーショックに動揺する中、佐藤が挙手した。



「はい、佐藤議員!」

「母親が福島県出身なんだが……福島では、『うらおも天丼カツ丼チャーシューめんたいこコロコロコミック新発売(※Yahoo! 知恵袋参照)』というらしい」

「なにそのス●バのメニューみたいに長いのは!!!」

「寧ろ言ってみたいその呪文!」

「よし、じゃあ次からそうしようぜ!」




「ねえ……カラオケ終わっちゃうよ?」


 一番乗る気でなかったシャルルが、ついそうこぼしてしまうほど、四人は「うらおもて」の話で盛り上がった。

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