突撃! 二宮家の晩御飯 3


 PM20:30。

 後片付けを済ませた二人は、クイズ番組を観ていた。司会者の声がバイクの爆音に遮られているが、字幕放送なので問題はない。だがやはり爆音には気分を害されつつ――。

 国語と社会系が得意な二宮、英語と理系が得意な田月がいれば、大抵のクイズは正解する。その二人がわからないところをサポートするのが、二宮の両親だ。杏子は特に美術史に強く、正和は作家として様々なことを勉強していたので、全般的に色んなものを詰め込んでいる。



「俺さー、二宮家と俺でチームを組めば、某パネルクイズ番組で優勝できるんじゃねーかと思うつーかバイク五月蠅い」

「えー、でもうち、『芸能』関係がまるっきりダメじゃない」



 二宮はアニメはよく観るが、音楽やドラマは詳しくない。K-POPについてはお手上げだ。田月は知らないわけではないが、好みはどうしても日本ではマイナーな洋楽や洋画である。両親二人はほどほどに知っているが、年代が微妙にずれているので最近のアイドルや芸人にはさほど詳しくない。



「アタック2〇には出られないよ、きっと」

「そっかー……ほんっとバイクうるせぇぇぇぇぇ!」



 ついに田月がキレた。



「盗んだバイクで走りだしてるわけでも深夜でもないくせにうっせぇんだよバッキャロー!」

「しょうがないよ、田月くん。ようやく涼しくなったんだもの」二宮はニッコリと笑う。



「夕方になってブンブン飛ぶヤブ蚊と一緒だよ」

「……オメー、わりと黒い台詞吐くよな」

「あらやだ、お母さんの口癖がうつっちゃった」



 おほほ、と手を添えて笑う二宮は、巷で流行っている「悪役令嬢」のようだ。

 家の中にいる「二宮杏寧」は、外にいる時より冗談も言うし、ノリも数段いい。のびのびしている。



「二宮って、家にいると本当生き生きしてるよなー」

「うん、自分でもそう思う。緊張しちゃうんだろーねー。よっぽど学校が嫌いともいうけど」


 背伸びをしながら二宮は答えた。


 外へ出れば必ずと言っていいほど年上に見られる二宮だが、家の中にいる彼女は年相応のように見える。よく笑うからだろうか。

 学校で笑わないわけではない。だが、学校にいる二宮杏寧は、どこか遠慮がちだ。緑川や茅野を含む複数の女子と喋っていても、「仲間」の中に入れていない気がする。それは別に彼女が周りから排除されているわけではなく、自分で望んだことのように田月は感じていた。


 高校一年の時、二宮がぽつりとその理由を漏らした。さりげない会話の中でのことだった。



『喋ることは楽しいの。でも、家に帰って、とっても不安になる。「喋りすぎたな」「調子に乗りすぎて、人を不愉快にさせてないかな」って。……夜、ひとりで考えていたら、悲しくなるの』



 言葉って不十分のくせに、簡単に誰かを傷つけるから。喋っている時は頭がからっぽで、考えているようで全然考えてなくて、後で誰かに「あなたはこう言ったんだよ」と言われてはっとしてしまう。忘れてるの。自分が言ったことを覚えているのはほんの一部だから。

 あまり畏まっても場をしらけさせるのはわかってるんだけどねー、と苦笑いしながら彼女は言った。





(……多分シャルルから見たら、学校の中にいる二宮は気取っているようで鼻持ちならねえんだろうな)



 田月は、遊園地のチケットを巡る二人の会話を推測した。

 二宮の歯切れの悪い返答からして――恐らくシャルルは、二宮から「一緒に行こう」と誘われた、と勘違いしたのだ。そして断られたところを見ると、だいぶこじれたのだろう。

 何故ならシャルルはうっかりものの早とちり体質。二宮は二宮で自己完結しがちで、妙に潔い性格だから「自分にも悪い点があった」とその場で言い訳しないからだ。そしてこの二人のよく似た点は、「このことを告げたら田月が嫌な思いをするだろう」と、相手を気遣って自分に報告しないのである――田月は、こと人間関係に関しては誰よりも名探偵であった。


(シャルル、外見からの印象に影響されやすいんだよなぁ。あいつも自覚してるようだけど、自覚している以上に)


 二宮は美人だ。それは女子高生としては些か不釣り合いなほど、見事に調和がとれている。だがその分隙がないので、他人にとっては「警戒」すべき美貌なのだ。

 その分本人の性格が大分抜けているので、大抵の人間は喋ると警戒を緩める。「思ったより普通の子」というのが他人にとっての二宮の第二印象になる。



(そんで親しくなると、「思った以上に天然」っていうことが判明するわけだが……)ブルンブルンブルン!



 二宮は奇をてらった発言を度々するが、あれは多分、彼女なりの処世術だ。幼いころから、相手の反応を見て、その場を和ますためにとってきた行動なのだろう。自分の容姿が他人の印象に強く残ってしまうことを、無自覚でも正確に感じ取っていたんだと田月は考える。

 しかし稀にその後、第一印象以上に警戒を強めてしまう人がいる。

 多分、頭の中でかすめてしまうのだろう。「痴人の愛」のナオミみたいな性格を。

 最初は無邪気でも――男が少女の嘘に騙されるのは、彼女自身が自分のことを無邪気なのだとその時は信じているからだ――後々に破滅に導く毒婦になるんじゃないかと。



(それを恐れた人間は俺が知っている中で二人だ。一人はシャルル、もう一人は六年の時の担任)ブルゥゥゥン、ブルゥゥゥン。




 後者は二宮にとって、日常生活がおくれないほど体調を壊してしまう、根深い問題だ。そして簡単に種を撒かれてしまう。これ以上前者シャルルとの問題を悪化させると、後者の出来事がフラッシュバックしてややこしくなるかもしれない。とはいえ、二人だけで解決するとは思えないし――ブルンブルンギィィィィッ!






「だからうるせっつってんだろバイクぅ! ぶっ飛ばすぞゴラァ!!」





 田月は激怒した。必ずや文句を言わねばならなぬと、田月は家を飛び出した。爆音もそうだが、明らかにスピード違反している音が聴こえた。せっかく人が真面目に――半年に一度くらい真剣に――考えている時に!


 一発殴る、絶対殴る、と思いながら道路に出た時だ。

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