アネさん探偵と小学生 5
しかし、人の噂も七十五日という。そのうち別の噂が流れて忘れ去られるだろう。そのまま放置しても問題ない気がするが。
ところが、カズオの表情は深刻なままだった。
「……それだけですめば良かったんですけど、中にはパニックになった子もいたらしくて、一人救急車に運ばれた子もいたらしくて……」
「え⁉」
それは大事じゃないか。コミカルな真相にしては、引き起こされた事態が事態だ。
「昔、コックリさんが流行った時も、集団催眠で救急車で運ばれた話があったよ」
そう言いつつも、店長は腑に落ちない、という顔だ。
「なんでそこまで広まっちゃったんだろうね?」
「……実はぼく、急速に広まった噂の出どころがどこからだったのか、できる範囲で辿ってみたんです。そうしたら……三年生のクラスをもつ担任の先生が、授業中に話したんだそうです」
「……は?」
二宮は耳を疑った。
「なるほど。それは、広まるかもねえ」
店長は神妙な顔をして頷く。
「『大人が喋った』ってだけでも十分なのに、ましてや『先生が喋った』ってなるなら、子どもにとっちゃ強力だよ。大人は『バカらしい』って思うかもしれないけど、子どもにとって大人の証言は、ネットやテレビの情報と同じくらい本当だと信じる。狭くて閉じた教室なら、なおさらだね」
「……」
二宮はかつての担任の言葉を思い出す。
『二宮さん。あなたもう少し、子どもらしくしたら? 自分は賢いですって、周りの子を見下すのはやめてくれないかしら』
確かにそうだ。あの頃の自分は、担任の言葉が全て正しいものだと思っていた。そんなことを思っていないのは、自分が一番よくわかっていたのに。二宮は自分よりも他人の言葉の方を信じた。
誰だって自分の悪いところを認めたくはない。客観視できない。だから、他人に判断されたことの方が、より真実に近いのだと思い込まされていた時の。
……けれど二宮は、店長には同意せず、あえて沈黙を選んだ。
ただの言葉だ。あの言葉が見当はずれなことも知っている。それでも、今も心が痛む。呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
思い出したら、みっともなく泣き出してしまいそうだった。
「……このままだと、近いうちに嫌なことが起きるんじゃないかって。だけど、ぼくがここで『違うんだ、実は』って言っても、多分ダメだと思います。噂はもう殆ど原型を保っていません」
「うーん、やっぱり……」店長はうんうんと悩み、
「アンネちゃん。ちょっと今から電話してくるね」
「へ?」
「POPも作り終えちゃったし、お客さんが来るまでは適当にしていいから。カズオくんも」
そう言って、店長は店の奥へ消える。
残された二人は、とりあえず近くのイスに座ることにした。
「……いいんですか? お仕事しなくて」
「元々POPづくりのアルバイトだったから。一応米村さん(書店のアルバイト)がカウンターにいるし。……今日は本当にお客さん来ないし」
来る時は沢山来る。来ない時は本当にこない。いつも客数が極端なのだ。今日に限っては外が暑いせいもある気がするが。最高気温は35℃超えるらしい。
「……すごい方ですね、店長さんは」
ポツリとカズオが言った。
「いたって普通に、ぼくの話を真面目に聞いてくれました。あんな風に聞いてくれる人は、僕の周りにはいません」
「そうだね」
『店長はすごい人』という部分に、二宮は心の底から同意した。それと同時に、そんな言葉が出てくる少年に驚く。
そこで周りの人間を引き合いに出せるということは、カズオはよほど大人を観察しているのだ。
(この子、身体は子ども、頭脳は大人ってやつじゃないかしら……)
「ねえ、カズオくん」
「はい?」
「ひょっとしてカズオくんのかけている眼鏡は、犯人追跡機能を持った……」
「……何言ってるんですか?」
怪訝な顔で聞き返された二宮は、これ以上続けるのを止めた。
どちらかというと某係長の眼鏡に近いよね、と二宮は思いなおした。
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