アネさん探偵と小学生 3
◆
青山カズオ。楠野が丘小学校の一年生。
話を聞くと、彼が『首が落ちる妖怪』を広めた張本人だという。
「とは言っても、ぼくが言ったのは一人のクラスメイトだけで……その後あっという間に広まった上に色々改変されてしまって……」
「ちなみに、最初の噂は?」
「……店長さんが言っていた、二番目の怪談です」
ということは、商店街に現れた『首が落ちる妖怪』の噂のことか。
二宮は、あ、と声を上げた。
「ひょっとして『カズちゃん』って、カズオくんのこと?」
「……やっぱり、シオちゃんこちらに来てたんですね」
はあ、とカズオはため息をついた。シオちゃん、というのは、本屋に来た女の子のことか。
「シオちゃん、そういう話好きなわりには怖がりで……周りに言いふらすことは予想できたんですけど、こんな尾ひれがつくなんておもわなくて……しばらくしたらなんかシオちゃんだんだん元気がなくなってきて……」
ここだけの話、としていたのに、収拾がつかなくなってしまったらしい。
「……えーと、なんでそんな嘘を」
二宮が尋ねると、カズオは口を閉ざした。いくら待っても答えるそぶりが見られない。まるで貝みたいに口を閉じてしまった。
(湯がいたら開くかしら……何考えてるんだろう私)
困ってしまった二宮は、自分でボケて自分でツッコむ。子どもが嫌いなわけではない。むしろ好きな方だ。だが、二宮が良く相手にするのは、元気いっぱい・頼まなくても今日の出来事を詳細に説明してくる近所の小学生たちで、こういう大人びて賢そうな子を相手にすることはない。近所に頭がいい子はいっぱいいるが、そういう子は得てして自分の知っていることを息継ぎする間もなく喋るので、会話に困ることはない。二宮は、相手に合わせて自分から会話を振るのが苦手なのだ。
それを見かねたのか、店長が助け舟を出した。
「その噂の収拾をつけたら、そのシオちゃんって子の元気が戻るかな?」
「……たぶん。でも気になるのは、シオちゃんのことだけじゃなくて、ほかの人もなんです。おびえる人もたくさん出て……」
そこで、またカズオは黙った。
店長はカズオの視線と同じ位置にかがんで、やさしく促した。
「全部話してくれたら、ひょっとしたら何とかなるかもしれないよ」
その言葉を聞いて、黙っていたカズオの表情が若干緩んだ。
さすがだ。二宮は店長と知り合って十年になるが、今まで店長が子どもに対して苛立ったり怒ったりする姿を見たことがない。忍耐強く辛抱強く、どんな気難しい子どもだろうと、心を開かせてしまうのだ。
(なにせ、小学校の先生ですら手こずる悪ガキを手懐かせたものなあ……)
数々の伝説を目の当たりにしてきた二宮は、過去に思いを馳せながらほのぼのと二人の様子を眺めて――。
「なんたって、アンネちゃんはこう見えても名探偵だからね。この間だって、うちのトラブルを解決したんだよ!」
ぶはっと吹き出してしまった。
「トラブルって……もしかして、ここら一帯の本屋に被害があった、あのデジタル万引きのことですか?」
「そうそう! よく知っているねー」
「……その噂を聞いて、僕ここに来たんです」
ちょっと待て。噂ってなんの噂だ。
混乱する二宮をよそに、二人の会話は続いていく。
「書店には探偵みたいに、頭のキレる人がいるって。その人なら何とかしてくれるかもしれないって、ある人に言われて。でも……」
何か思うところがあるのか、カズオは二宮を見上げて言った。
「……ぼくが嘘をついたのは、『妖怪』という部分だけです」
見上げてくる視線に、疑いの念が含まれていることに二宮は気づいた。
「あなたがその正体を推理出来たら、ぼくは話します」
「推理っていったい……どうすればいいの?」
「先ほどの話で、気になることを僕に質問してください。ただし、僕がイエスかノーかで答えられる質問のみでお願いします。もしイエスでもノーでも答えることができない場合、僕は沈黙で返します」
自分は、このカズオという男の子に試されている。
このカズオという男の子が、いったいどんな意図でこんなことをしているのか、今のところ二宮にはわからなかった。
わからなかったが、何やらこの話の続きは面白そうだ。
と、隣の店長が、カズオ少年に勝るとも劣らぬキラキラとした純粋な目で訴えかけてくるので、二宮はカズオ少年の「謎解き」に乗ることにした。
「えーっと……つまり、カズオくんは、商店街に行った時、顔が落ちる『何か』を見た、ということなんだよね?」
「はい」
「とっても簡単に落ちちゃって、普通にくっついて普通に動き出したもの、これも嘘じゃないってことだよね?」
「はい」
「……それって、人間なの?」
「……」
カズオ少年は黙った。
沈黙ということは、この質問は「イエスともノーとも答えられない」。つまり、「人間であり、人間ではない」ということだ。
それってひょっとして……と二宮の頭にあるものが浮かんだが、それは口にせず、質問を続けた。
「……個人的な興味なんだけど、もしかしてそれを見た時、そのシオちゃんと一緒にいたの?」
「――!」
火が付いたように、カズオの顔が赤くなった。
(……なるほどね)
言葉にしなくてもそれが肯定であることを二宮は確信したが、生真面目なのだろう、カズオは小さく言った。
「……はい」
「うん、わかった。それが一体何なのか」
最後の質問、と二宮は続けた。
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