七月は波乱に満ちる

アネさん探偵と小学生 1

 二宮杏寧あんねは、昔から上背があった。

 幼稚園の時も、小学生の時も、中学生――は、自主休学中であったため、クラスメイトと比べることはなかったが――おそらく高い方に分類されただろう。他の子どもより頭一つ分高い。そして、整った容貌と誰に対しても怖気づくことなく堂々と話すその姿は、「しっかりした、大人びた」と形容されることが多かった。


『杏寧ちゃんは、しっかりして大人びているねえ』


 近所の主婦たちのお決まりの褒め言葉。

 二宮はそれを無邪気に喜んで受け取った。


 大人びた、しっかりした。

 その言葉が、やがて自分への呪いになるとは知らずに。









 七月。

 緑は深まり、外はますます暑くなる。

 その中で流行るものと言えば、怪談。テレビ番組の影響で、主に小学校を始めとする学校の中で噂になることが多い。


「普通幽霊が出たっていうのが定番だけどね。今年の流行りは、落ち首なんだよね」


 書店にて、今噂になっている怪談話を店長から聞かされた二宮杏寧は、手を止めた。短期のアルバイトで、『怪談』の特集を組んだPOPを作っていたのだ。


「落ち首ですか……首無しライダーみたいな話ですか?」

「うーん。何人かの小学生に聞いたんだけど、全員ちょっと話が違うんだよね……」


 店に来たのは、四人の小学生。それぞれが微妙に違う話を持ってきた。


 最初に来た小学校六年生の男子の話。


『ある男の子がボールらしきものを落としたんだ。それを通りすがりの人が呼び掛けて拾おうとかがんだら、『ありがとう』って下から声がした。見上げたら、振り向いた男の子には、首から上がなかった。よくみると落ちたものはボールじゃなくて、男の子の顔だった。腰を抜かしたその人は顔を落として、首のない男の子の足元に転がった。そのまま男の子は顔を拾って首元につけて、何事もなかったように立ち去ったんだって』


 次に聞いた、小学校一年生の女の子の話。


『カズちゃん(クラスメイトの男の子)から聞いたんだけど、商店街に行った時、顔が落ちる妖怪が出たんだって! すっごく簡単に落ちちゃうって! 私カズちゃんに「それ人形じゃない?」って聞いたんだけど、「でも、また普通にくっついて普通に動き出した」っていうの。だからきっと妖怪よ!』


 三番目も、同じ小学一年生の男の子。


『街に妖怪が現れたって噂ですか? ええ、うちのクラスにも広がってますよ。しょっちゅう首が落ちるそうですね。まあ嘘だと思いますが。妖怪なんているわけないでしょ』


 最後に現れたのは、小学校三年生の女の子。


『この街で、ある大きな事故があったらしいのよ。酷い交通事故で、ひいた運転手は酔っぱらっていたんだって。飲酒運転でひき逃げよ。死んだ男の子は首から上が無くなっていたの。で、逃げた運転手は警察に捕まったんだけど……捕まった際、泡を吹いて酷く怯えていたらしいの。『首はどこ? 首はどこ?』っていう声がずーっと聞こえるって言って……『幻聴、幻覚の恐れあり』ということで、警察病院で入院することになったんだけど、その三日後に死んじゃったんだって。自殺じゃないわ。首が取れた状態だったのよ。それから後も、この街には首がない男の子がさ迷っているの。きっと男の子が自分の首を探し回っているのよ。怖いなあ……』







「以上が、うちに来た楠野が丘小学校の生徒さんたちの証言でね」

「……今時の小学生、すごいですね。そんな怪談こと考えつくんですか」


 最後は噂というレベルではない。都市伝説だ。というか、小学三年生の女子の語彙力が半端ない。


「いやー、そいつは果たしてどうかなあ。それこそネットの話をちょっとアレンジしたのかもしれないし。最近は、小学校でプログラミングの授業もあるらしいからね。僕らよりもずっとネットに触れる機会が多いかも」

「あ、テレビで聞いたことがあります。すごいですね。私五年前まで小学生だったのに、こんなにも違うなんて……」


 違う意味で優秀だ。

 二宮の父親はIT企業で働いている。そのせいなのか、二宮の家には多くのパソコンがあり、中には父親が作った物もある。二宮も幼い頃、プログラミングの教育を一応施されたが、才能がなかったのか殆ど身についていない。

 それなのに今の小学生は、あっという間に技術を覚えるのである。ニュースでそのことを知った時、二宮は「今時の小学生」を尊敬した。


「でもまあ、最初と最後の噂は、大人の匂いがするよね。面白がって聞かせた奴がいるんじゃないかな」

「……そうだとすると、何か問題がありますか?」

「んー、問題って言うか、気に食わない?」


 店長は色画用紙を切りながら言った。


「子どもの世界にしゃしゃり出る大人なんて、ロクでもないからね。特に、子どもを怖がらせるのを見て楽しむ奴なんてサ」

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