テスト勉強しよう!

 六月の後半になると、期末テストが迫ってくる。

 真面目な生徒は勉学に励む。そうじゃない生徒は『まあなんとかなるだろう』と楽観的に過ごす者もいれば、最初から絶望的になっている者もいる。


 その中には、僅かながら、赤点まみれの成績を回避しようと足掻くものもいた。

 ……というより、教師の切実なる願いから勉強するものがいた。



「……なあ、シャルル。お前、フランス生まれのフランス育ちなんだよな?」

「そーだけど?」

「ヨーロッパってさ、母国語と同じくらい、英語を勉強するんだよな?」

「英語っていうか、他の言語も勉強しろってことなんだけどね。でもフランス語と似てる言葉が多いし、リスニングとか会話なら出来るよ」





「だよなあ。……それでさあ、なんで英語のテストが異常に低いわけ⁉」




 井上シャルル。2-B。出席番号は2番。

 英語を除けば、シャルルは成績優秀者に数えられる。教科別に見ればそれぞれ学年で十位内に食い込むし、特に古文は全国模試で一位になった。崩し字すら解読できる実力者である。理系なのだが(B組は普通科の理系クラス)。


 それなのになぜか英語だけ、赤点を取るのである。


 シャルルは、英語が全くできないわけではない。

 英会話ができることは、『英語合宿』(明昌高校の普通科には、英語圏の外国人たちと三日間過ごし、その間英語しか使ってはいけない合宿がある)によって証明されている。耳もかなり良い。会話に必要な、基本的な文法も出来ている。

 何故彼が筆記テストだけ不得意なのか。それは……。


「ぶっちゃけ英語したら負けだと思ってる!」

「勉学以前の問題だぁ!」


 根本的に、シャルルがやろうとしないからである。

 どうも、英語という言語自体に反発したくなるようだ。


「ガラス割って盗んだバイクで走りたくなる世代かよ、オメーは!」

「だってさあー! フランス語以上に美しい言語ってないよ⁉ それなのにさあ、なんで英語が世界の共通言語みたいに言われてるの⁉ 喋る人数なら圧倒的に中国語とかロシア語の方が多いじゃん! わけわかんないさあ!」

「『さあ』の多用でつけるところ間違ってんぞ!」

「とにかくぼくは英語を勉強しない! しーなーいーんーだー!」



「でもお前、日本の高校でんなこと言ったら留年どころじゃねーぞ?」

「ぐぬぬ……アイデンティティを理解しない日本の教育機関めぇ……」

「イケメンが『ぐぬぬ』とか言うなよ」


 結局、『留年』という言葉に負け、素直にシャルルは勉強し始めた。

 担任にシャルルの英語教師を頼まれた田月は、ひとまず溜まった課題をシャルルに解かせる。シャルルの場合実力はあるので、勉強を教えるというより、見張りというか激励を送る役と言おうか。

 次々に解かれていく問題用紙を、その度に採点していく田月。



「つーかシャルルはさ、ちっさいスペルのミスとかが多いんだよ。文法もたまに間違ってるし」

「日本語喋る人だって、助詞とか結構間違えるでしょー。あと学校で習う英語は、『こんなの日常生活じゃ使わない』っていうのも多いからね?」

「まあわかるけど……学校で勉強する英語って、正式的なものばっかだもんな」

 日本語で当てはめるなら、友人同士で敬語を使っているようなものだ。初対面や公式の場ならともかく、親しい者同士で使うと心の距離が生まれる。


「日常じゃ、元々誤用だったものがフツーに使われることあるし……日本語もあるじゃない、『確信犯』とか」

「あー、『全然大丈夫じゃない』とかな。本当は『全然』って、否定の意味はないもんな」

「そうそう。はい、全部終わり」

「お疲れ様。んじゃー次は……」

 と、次の課題を取り出そうとした田月に、シャルルが遮った。




「ところでさショータ。キミ、古文と現代文の課題溜まってるんだって?」

 どこか迫力あるシャルルの笑み。


 フ、と田月がそっぽを向ける。

「……ナンノコトデショウ」

「実はぼく、西本先生(担任・古文)からキミの古文の課題に付き合ってって頼まれてるんだけどー……」

「……」


 田月の脳裏に、「よろしくねー」と爽やかな笑顔を浮かべる西本先生(担任)の顔が浮かぶ。

 あの先生、嵌めやがった。

 田月はそう思いつつも、素直に従うことにした。





「……キミさあ、母国語はちゃんと勉強しようよ。酷すぎるよ現代文」

「だってわっかんねーもん! 直喩はわかるけど、隠喩ってなんだよ⁉ どー違うんだよ⁉」

「古文もさあ……英語と同じくらい知ってる語彙増やそうよ」

「はあ⁉ 使わねーだろ古文とか! この『とてもよくわかる! 古文解説』っていう本も、『いとよしわかる!』とか言わねーだろ!」

「そりゃ言わねーでしょう!」


 という漫才のような会話が続き。


 四十分後。

「田月くん、ちょっといい……かな?」

 B組を訪れた二宮杏寧あんねは、教室に入った瞬間真顔になった。

 そこには、向かい合ってうんうん唸りながらシャーペンを走らせる田月とシャルルがいた。心なしか田月たちのいる場所が暗く見える。雨が降って外が暗いから、という理由だけでは恐らくない。


「えーっと、お取込み中?」

「あ、いや。溜まった課題解いてるだけ。俺がシャルルに英語を教えて、シャルルが俺に国語を教えてるという」

「……なんだか、面白い状況だね?」

「こっちはこれっぽちも面白くない、っていうか死にそうだよ……」


 一応、溜まった課題は無事片付けられたが、それで実力が付いたかはまた別の話。

 教師泣かせな二人である。

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