梅雨の髪事情 図書館の場合 2
◆
「……どうしたの? 体調悪いの? 大丈夫?」
二宮の言葉に、田月は我に返る。
「あ、いや。なんか白昼夢見てた」
「はくちゅーむ……本当にあるんだね、そんなこと」
「俺も同じこと思った」
半分目を閉じて見上げる二宮。身長が高い二宮を田月が見下ろせるのは、田月が立っていて、二宮が座っているからだ。
「どんな夢?」
「あー、小学六年の時の……」
(なんで突然思い出したんだ? ……ああそうか、髪か)
二宮の髪が、田月の手から零れる。掬った砂が、指から零れるようだ。田月はまた髪を掬う。
あの時、振り向いた時に揺れた髪が、笑顔が、まるで映画のワンシーンのように焼き付いている。
「小学六年の時かあ……なつかしいね。初めて一緒のクラスになった時だっけ」
ふふっと笑って、「私は、多分成長してないなあ」と言う。
「身長伸びたじゃん」
「身長は伸びたけど、中身は多分変わってないよ」
コドモのままだよ、と笑う二宮に、無意識に田月は本音を漏らした。
「いや、小学校の時よりずっとキレーになったと思うぜ」
ぱちくり。二宮が目を瞬かせる。
「……そう?」
「おー。まあ昔からキレーだったけど」
ただ、小学生の二宮は、どことなく人を寄せ付けない、硬い空気を纏っていた。
今も教室ではそうだ。けれどこうして二人きりでいる時は、纏う空気がとてもやわらかい。緊張感がない時の方が、ずっときれいだと田月は思う。
二宮が自分に心を開いているとわかるからだろうか。二宮が特に言葉にしなくとも、田月には好意が伝わる。それが田月にはにやけてしまうほど嬉しい。
(……しかしいつも褒めると盛大に照れるのに、今日は平然としてるな)
慣れたんだろうか。田月の褒め言葉は本音が八割、二照れている二宮を見たいという願望が二割を占める。ちょっと残念だと田月が思った時。
「田月くんは、昔からカッコよかったよ」
爆弾発言再び。
田月の手から二宮の髪が落ちた。
「……お前、寝ぼけてんな? そうだろ?」
努めて冷静に尋ねる田月。
二宮はにへら、とハチミツが溶けたような笑みを浮かべる。
「田月くんのそんな顔、久しぶりに見た」
顔まっかー、と言う二宮。
あれ、これシラフじゃ? と思い始める田月は、さりげなく二宮の手が田月の手に添えられていることに気づかなかった。
ゆっくりと二宮の首が傾く。
二宮の髪が流れ、田月の腕にかかった時。
はむ、っと。
二宮の唇が、田月の人差し指を咥えた。
指先というよりも、関節の部分に唇が当たっており、それはマシュマロのように柔らかく、ほんの少し湿っている。
指から唇を離した二宮は、またにへら、と硬直する田月に笑いかけ。
そのまま机に突っ伏し、幸せそうな顔のまま、寝た。
丁度タイミングよく、図書室の前では、シャルルが鼻歌を口ずさみながら図書室の扉に手をかけようとしていた。
が、入ることは叶わなかった。
図書室から田月が飛び出して、シャルルを突き飛ばしたからだ。
「……うわああああああああああ!!」
血相をかえてシャルルの胸に飛び込む田月。後ろに倒れこんだシャルルは、尻もちはついたものの、運よく頭は打たなかった。
――クラスメイトの一部の女子に見られたら、またもや新刊のネタにされていただろう。それはともかく。
「ど、どうしたのショータ⁉」
「シャルルぅぅ!! 俺を殺してくれぇぇぇ!!」
「本当にどうしたのぉ――⁉」
一体世の中に何人、突然友人に「殺してくれ」と頼まれる人がいるだろうか。しかも半狂乱で。
「わかってる寝ぼけているだけなんだと正気の本人にはその気はこれっぽちもないでもあれは俺じゃなくても誤解するし俺はもうなんかその気になるしでもこのままだと俺はわいせつ罪で捕まっても文句は言えないだから殺してくれ――!!」
「物騒すぎる言葉があるんだけどとにかく落ち着いて⁉ 最近Twi●terでも規制がかかってるんだからさ⁉」
開いた窓から聴こえる雨の音。
哀れな男と困惑する男の叫び声が、じめついた廊下に騒がしく響いた。
二宮の行動は、本当に寝ぼけていただけなのか。
それは髪、じゃなかった神のみぞ知る。
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