レッツ! 体育祭 6
2‐Bの佐藤は、午後の部の花形の一つである、『部活対抗リレー』に選ばれていた。
『部活対抗リレー』とは、その名の通り、各部活動の代表者で競うリレーである。この競技だけは紅白のチーム戦ではない。運動部は「いかにアクロバティックに走れるか」、文化部は「いかに部活をアピールできるか」に掛かっており、一着をとった部活動は「最優秀賞」、部活動をいかに魅力的にアピールしながら走ったかの「アピール賞」(こちらは最下位でも贈られることがある)など、様々な賞が用意されている(副賞あり)。おおよそ部活動が参加しており、佐藤は野球部の選手であった。
だが、この時の佐藤は憂鬱であった。
何故なら、『部活動対抗リレー』は、チーム戦ではないが、紅白の応援団がトラックより内側でひたすら応援しているのだ。
そう。佐藤を悩ませているのは、『
(……友人がチアガールの格好をして踊っている姿も中々精神的に来るけど。あの紅組の「アネさん」コール、本当凄まじかったからな)
あの存在が傍にいて走れるだろうか。身が縮んで、金縛りに遭いそうだ。走れない未来の自分を想像すると、徐々に胃が痛くなってきた。この緊張、九回目の瀬戸際で打者を任せられることより勝る。
(暫く校舎の日陰で休んでおこう。出来る限り人がいない場所に)
しかし、佐藤が向かった場所には、既に一人の女子生徒が休んでいた。
「って、二宮さん⁉」
「あ、佐藤くん……お疲れ様」
女子生徒は、佐藤の憂鬱の原因である二宮杏寧だった。しかし、今の彼女は着物ではなく体操服。おまけに眉をひそませ、額に汗が流れている。白い頬は日陰というのもあるが、それでも青ざめて見えた。応援団の時の威厳はどこにもなく、むしろ儚げに見える。
雰囲気が全く違うことに安心し、彼は二宮に近づいた。
「大丈夫か? すごく顔色悪いけど」
「あー、大丈夫……。いつものことだからー」
「いつものことッ⁉」
あはは、と乾いた声で笑う二宮。その右手の場所を確認した佐藤は、こう尋ねた。
「もしかして、胃が痛いのか?」
佐藤の問いに、二宮は腹を擦りながら目を瞬かせる。
「すごい……。どうしてわかったの?」
「俺の父親も、胃痛持ちだったからさ」
死んじゃったけど、と心の中で付け加える。
「どうしようか、湯たんぽを持ってこようか? こんな暑い日になんだけど……」
「あ、大丈夫。さっき薬を飲んだところだから」
「……田月を呼ぼうか?」
「出来たら、呼ばないで欲しいですー」
「……そっか」
佐藤はおもむろに二宮の隣へ。手をついて座ると、日陰に覆われたコンクリートは、ひんやりとした。
「そろそろ、部活対抗リレーだけど、大丈夫?」
「多分……。佐藤くんも出るんだよね」
「ああ」
「次はチーム関係ないから、どちらも応援するんだっけ。一生懸命応援するね」
「はは……そういえば、すごかったな。二宮さんの応援」
「あはは……あそこまでウケるとは思わなかったよ……」
たわいのない会話は、すぐに消える。
二宮は持っていたペットボトルに口をつけていた。
別に沈黙が辛いとか、何か会話を探さなければ、とは思っていなかった。
本当に、特になんも考えず、佐藤は尋ねた。
「なあ、二宮さん。実は俺、田月からついうっかり、告白を保留されていることを知っちゃったんだけど……」
お茶を口に含んでいた二宮は噴き出す――ことはなかったが、その後長くむせた。
佐藤は背中を撫でるべきか悩んだが、二宮が手で制した。「大丈夫」とむせながら告げ、ようやく収まった頃に尋ねた。
「……あの、佐藤くん。それは田月くん、わざとかなあ? 天然かなあ?」
「……あいつ、抜けているところは抜けているから。多分天然」
「だよねえああああ……!」
二宮は膝をつく。両手で覆われた顔はわからないが、首は赤くなっていた。きっと顔色も良くなっただろう。別に体調がよくなったわけではないだろうが。
「ごめん、飲んでいる時に聞いて……いや、元々聞くべきことじゃないよな」
「いや、いいよ……もぉぉ田月くん何やってるのぉぉ……」
「あ、聞いたの俺とシャルルだけだから! 噂にはなってないから!」
二宮が何を心配しているのか気づいた佐藤は、慌ててフォローした。しかしこれはフォローになっているのだろうか。
(……この際だ、聞いてみよう)
佐藤は、ずっとモヤモヤしていた疑問を彼女に尋ねることにした。
「……あのさ、俺が言うのもどーかとも思うんだけど。あいつ、すごく良い奴だよ」
二宮が、顔を覆っていた手を下す。
潤む黒い瞳が、佐藤をまっすぐ見つめる。
その瞳が、彼女自身の人格を物語っていた。彼女は、他人の目を見て話を聞くのだ。
汗が流れる。喉が鳴った。
「どうして、『保留』にしているか、聞いていい?」
二宮は目を細めた。
「いいよ」
佐藤の緊張が伝わっていたのだろう。彼を和ませるような笑顔で、彼女は答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます