レッツ! 体育祭 5

 ため息交じりにシャルルは呟いた。

「本当、大らかっていうか大雑把っていうか……」

「シャルルもやってもらえばいーじゃんか」

「いや羨ましいとか思ってないからね? そうじゃなくて、そんなに自分をおろそかにしてて大丈夫かってこと」


「えぇ? フツーに楽しくてやってるけど」

「……まあ女装はそうなんだろうけど」


 つい最近の、昼休みのことをシャルルは思い出す。「二宮と付き合っているのか」と尋ねた佐藤に対し、田月は「保留にされている」と答えた。それは無意識にこぼしたように聞こえたので、シャルルと佐藤はそれ以上踏み込むことが出来なかった。

 しかし、あまりにもモヤモヤする。このまま聞けずじまいなのは我慢できなかったシャルルは、思い切って切り出すことにした。


「二宮さんのことに対して、君は随分我慢しがちだなって思ったんだよ」


 田月が隣に座っていたシャルルの方へ向く。田月の前髪はサクランボを模したヘアゴムで結われており、動くたびに揺れた。――うっかり笑いそうになるのを堪えて、シャルルは真面目に問うた。


「俺でもわかるよ、二宮さんがショータをどう思っているかなんて。なのになんで二宮さんは『保留』――」

『それでは、応援合戦を始めます。生徒の皆さんは前へ出てください』

 シャルルの声に、アナウンスが被さる。


「……始まったな、応援合戦」

 田月が言った。応援合戦が始まってしまっては、会話の続きもしづらい。一旦シャルルは自分の疑問を置くことにした。

「最初は紅組だっけ。ということは、二宮さんが出るんだよね。何するんだろ……」

「着物って言ってたからなあ。あんまり想像が……」

 田月たちは不意に口を閉じた。そして、あんぐりと口を開ける。



 校庭の真ん中に、太鼓と共に応援団が現れる。男たちは着流しを着ている。中には着物をはだけさせた半裸の男もいた。まさしく屈強の男たちと言ったふうの集団。その中に、一人の女が立っている。



 黒い大輪が咲いた紅の着物。長い髪を赤い玉かんざしできつくまとめられている。そのくせ、横に一房零れた髪が妙に艶めかしい。白魚のような手にはキセルのようなもの――。

 その女が二宮杏寧あんねであること、この応援のコンセプトがなんなのか理解した時、田月とシャルルは思いっきり叫んだ。




「「侠客モノだとぉ――⁉」」




 驚いたのは田月たちだけでなく、白組全員である。アナウンス部も動揺したまま実況した。

『こ、これは思い切ったことをしたぞ紅組ぃぃ!? 応援合戦に、まさかの極道風というアウトローな演出を出してきたぁ! その着物はどこから手に入れてきたんだぁ⁉』


「はーい、提供演出指導ともに演劇部でーす。三年前の演劇部の衣装を漁ったら見つかったので、いい機会だと思いー」

『お前か演劇部部長ぉ――! 2‐A組茅野千恵美ぃ!』

 間延びした女子の声を、アナウンス部がシャウトする。

 先ほどのふざけたアナウンスとは打って変わってのドスが効いた声に、シャルルが田月に尋ねた。


「な、なんか微妙に……険悪なの? あのアナウンスしている男子と演劇部部長って」

「アナウンス部と演劇部の間には、それはそれはいろんな事情が絡んで複雑な関係らしいぞ」

 答えになっていない答えを田月は口にした。――ちなみにはっきり言うと、アナウンス部の男子は演劇部の部長に告白したのだが、演劇部の部長は告白を断ったのである。それをはっきり言わなかったのは、ひとえに田月のやさしさ――。

 アナウンス部と演劇部がケンカしていたり、白組やPTAの席の方がざわつく中、紅組のパフォーマンスが進んでいく。



「おいテメェらぁ! 紅組にケンカを売るたぁ良い度胸だな!」

「勝利は紅組が頂くから、覚悟しとけよ!」

「弁当箱洗って待っとれやああ!」


(これ応援なのか???)


 殆ど白組への牽制、というか脅迫である。最後の台詞の改変は、さすがに「首洗って待ってろ」はまずいだろうという配慮からだろうか。でもそれにしたって、任侠モノこれは学校的にはどうなんだ? と、白組の誰もが思っていた時。


 屈強の男たちに囲まれていた二宮杏寧が、前へ歩き出した。

 女子の中では長身とはいえ、男たちばかりの中では小さく見える。しかし堂々と胸を張り、真っすぐ歩くその姿は、誰よりも大きく見えた。



「白組。覚悟しいや」



 一言。

 大きくも小さくもなく、怒鳴り声でもない。鈴のような、それでいて凄みある声が、ざわついた校庭を平定した。

 砂埃が混じった風が吹くと、着物の袖が揺れた。右の袖は大胆にも肘までさげて、白くて細い腕が見えている。黒いキセルを持つと、その腕の白さがとても引き立った。

 白組の応援席から、顔は見えなかった。けれど、きっと美しく、凛とした面差しなのだろう。彼女が纏う空気には、刃のように研ぎ澄まされた美しさと威圧感があった。


 一瞬、校庭から音が消えた。そして、



「う、うおおおおおおおおおお!!」




 紅組の全員が一斉に立ち上がり、雄たけびを上げた! そして、「ア、ネ、さん! ア、ネ、さん!」というコールが響き渡る。


「きゃああカッコいいぃアネさん!」

「うぉぉ! 姐御ぉぉ! 一生ついていきますぅぅぅぅ!」

 野球ドーム並みの盛り上がりに、シャルルと田月は呆然とした。



「なあこれ、白組勝てると思うか?」

「いや無理でしょ。少なくとも応援合戦は無理」

「だよなあ。二宮の『姐さん』姿、絶大じゃねえか……」


 応援というか、崇拝である。

 その後、田月たち白組の応援団はポンポンを使ったダンスを披露したが。

 やはりと言おうか、応援合戦は圧倒的に紅組に加点された。

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