レッツ! 体育祭 4

「ところで、どうして田月くん紅組にいるの?」


 二宮が質問した時、ようやく緑川は現実に戻った。――気が付くと何故か人が増えていた。その人物があの女子の中で人気な井上シャルルであることに驚く。

 しかし田月の次の台詞は、それとは比にならなかった。



「ああ。さっき、が来てたぞ。また応援合戦で顔を出しに行くって言ってたから、それを伝えに来た」

? あ、障害物競走の時に来たんだね。だから田月くんのほうに顔を出したんだ」



(お、親の名前を知っているだとぉー!)


 好きな女の子の母親の名前を知っている。しかも親しげに名前で呼んでいる。これは、外堀を埋める手段では⁉

 混乱する緑川の様子に気づけたなら、二宮は田月とは近所の関係であることを告げただろう。だが、一つのことに集中するといささか周囲への注意に欠ける二宮は、気づけず会話を続けていた。


「そっか、規則で私たちは教室で食べることになってるものね。お昼ご飯を食べに家に帰ったのか。昼休みが終わったら応援合戦だし……」

「おれ出るぞー」

「え、田月くんも?」

「……もしかして二宮も?」

「うん、応援団長になったよ」

「応援団長!? すげーじゃんか!」


 褒める田月に、二宮は喜色に溢れた笑顔を浮かべる。いつもの大人びた風貌を思わず忘れてしまいそうな、可憐な少女の表情だ。

 緑川の田月に対する誤解も、彼女の笑顔を見れば少し改善されたかもしれないが。


(杏寧ちゃんのお母さんまで手中におさめてどうするつもりなの? 何かよからぬことを企んでいるんじゃ……!)


 あいにく彼女は、またも自分の世界に入ってしまったため見えていない。彼女は一度妄想すると止まらない性格であった。



「で、何やるんだ? ほら、白組と紅組はバラバラに練習やったから、お互い内容知らないよな」

 そうだね、と二宮は答える。お互いが応援団員と応援団長であるのも知らなかったぐらいだ。

「ちなみに、白組は何をするの?」



「チアガール」



「……男子も?」

「男子も。俺もチアガール。クラスの女子にゴリ押しされてさー」


 この学校の女装率、妙に高いのではないか。しかし田月は全く嫌がるそぶりを見せない。しょうがない、というニュアンスを含ませつつも、その笑顔はむしろ楽しんでいるようだった。

(でも多分、似合うだろうな。私より)

 二宮はそう思った瞬間、落ち込む。

 自分で思っておいて落ち込むとは、難儀である。


「で、そっちは男装か? 学ラン着るやつ」

「ううん、着物なの」

「着物ォ!?」

「演劇部が使っていた衣裳なんだけど……そのサイズが合うのが、私しかいなくて」


「へえー。どんなことするか、想像つかねーなぁ」

「……まあ、見ればわかるよ」


 ふ、と二宮は田月から目をそらした。

 田月がそのセリフの意味を知るのは、一時間後である。







 ところで、応援団に登用されたのは田月だけではない。シャルルもまた、クラスの女子に頼み込まれ、チアガールの格好をすることになった。

 しかし、シャルルは乗り気ではない様子。普通に考えて、高校男子がチアガールの格好をするのは精神的にくるものがあるだろう。というより、ここまで平然としている田月が稀なケースである。

「ノリノリだね、ショータ」

「まー、祭りとご飯にゃノリが必要だからな」

「寒いダジャレでつまらないんだけど。ていうかチアガールって誰発案?」


 チアガールの服装はノースリーブで、五月の昼とはいえ肌寒い。田月たちはジャージの上着を肩にひっかけていた。そこにクラスメイトの女子がやってくる。


「あ、田月くーん。 折角だし、髪型もいじってあげるね」

「断定かい。俺に拒否権はないんだな。別にいいけど」

 じゃあよろしくー、とされるがままの田月。もう少し抵抗を覚えてもいいのではないだろうか。

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