レッツ! 体育祭 3
◆
二人が紅組の応援席に戻ると、なぜか白組である田月が紅組の応援席に居座っていた。
「よ、二宮。二位おめでとさん」
「ありがとー、田月くん。田月くんもおめでとう。騎馬戦かっこよかったよー」
両手でタッチをして互いを讃えあう田月と二宮。180センチある緑川から見て、その姿はさながら女子同士に見えなくもない。……が、『両片思い説』を信じる緑川はその姿にモヤモヤする。
(
じっと見つめる緑川。視線に気づいた田月は、緑川に声を掛けた。
「あんた二宮と一緒に走っていた……緑川だっけ?」
「え、うん。なんで私の名前を?」
「女子バスのセンターだろ?」
「センターって、どういうポジションなの?」
スポーツに疎い二宮が尋ねる。
「センターはゴールに一番近いポジション。俺も詳しくは知んねーけど、身長が高くてパワーがある奴が務めるんだと。バスケはサッカーみたいにルールで厳密にポジションを決めてないし、むしろ色んなポジションを務められる選手が求められるらしい。緑川はセンターフォワードで、確か去年のウインターカップに出たんじゃなかったか?」
「すごい! エリちゃんすごいんだね!」
「え、あ、うん……ありがとう」
二宮の純粋な賞賛に、緑川は笑顔で応えた。しかし。
(なんでぇ⁉ なんでそこまで知ってるのぉぉ!? たしかに去年体育館で授賞式されたけど、つまらない始業式で、しかも先輩の後ろについていただけの一年なんてフツー注目しないでしょ⁉ クラスで一緒になったこともないし!)
心の中で、彼女は田月の情報網に慄いていた。
それを知らない二宮は、のほほんと田月と喋っている。
「でも詳しいね、田月くん」
「ああ、全部シャルルの受け売りだけどな」
「え、井上君ってバスケ部だったっけ?」
「んにゃ、テニス部。あいつからずっと緑川の話を聞かされて耳タコモゲフゥッ」
口走ろうとした田月は、最後まで言えなかった。後ろから回された手のひらが彼の口を塞ぐ。
突然伸びた白い腕に、心霊現象か⁉ と二宮は一瞬怯える。しかしその正体は、すぐに明らかになった。
「な、に、を、くっちゃべってるのかなぁ~? ショー、ター」
田月の背後に立っていたのは井上シャルル。シャルルの手のひらが田月の口を塞いだのだ。――……一部の女子から「薄い本ができるッ!」という黄色い声が上がったが、二人は気づいていなかった。
突然の出来事にも田月は慌てず、まるでガムテープのようにシャルルの手を引きはがす。
「なんだよシャルル。イケメンが『くっちゃべる』とか言うんじゃねーよ」
「やっかましいよ! 大体、100M走で一位獲ってきた功労者を放っておいて敵の陣地にいるってどーゆーことさッ⁉」
「へー、一位だったんだ。オメデトオメデト」
「テキトぉぉぉ! これ以上ないぐらいテキトォ――!」
真っ赤な顔で叫ぶシャルル。その原因が「怒り」だけではないことに気づいた二宮は、田月の容赦ないやり方に苦笑いした。
(ああ、なるほど……井上君から、エリちゃんのことを聞いたんだ……)
二宮はたしかに色恋沙汰に関して鈍いが、このあからさまな様子ではさすがに気づく。緑川も、シャルルの気持ちに気づくだろう。
しかし、二宮が緑川の方を見ると。
(田月くん……噂では『情報屋』と言われるほどの交流関係を持っているって聞くけど……杏寧ちゃん、田月くんに騙されてないかしら? こんなカワイイ顔して実は腹黒いんじゃ……)
(エリちゃん、ものすごく考えた顔をしてる……多分さっきの騒動に気づいていない……というかここに井上君が来ていることすら気づいていない)
フランスのプレイボーイを気取る割に、奥手な井上シャルル。少しの友情とそろそろ友人のシャイな態度に飽きてきたので、投げやりに事を進めようとする田月翔太。そんなことに全く気付かず、友人が想いを寄せる田月翔太に疑心暗鬼を抱き始めた緑川エリ。わりと正確に物事を把握しているにも関わらず、蚊帳の外に置かれた二宮杏寧。
それぞれの思惑がまったく噛み合わない状況である。なんでこうなった。
「まったく友達甲斐のない人だねキミは! このイケメンで陸上部顔負けの俊足を誇るぼくを応援しようって気はなかったのかい?」
「自分で言うか」
シャルルに鋭く突っ込んでから、「まあでも、その通り。だからだよ」と田月は続けた。
「お前が一位を取るのはわかってた。――でもさ、そんな実況したってネタになんねえだろ? そこを敢えてスルーするから、ウマイ」
「ぼくの勝利をコントのオチみたいに扱わないでくれる!?」
井上シャルルは、田月翔太に遊ばれやすい。今更ではあるが。
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