アネさん探偵と盗まれたもの 6

「でも、フルカラーでキレーだよな、図録。これは美術絵画の歴史か?」

「うん。知っているものも、知らない絵もあるから、結構楽しいよ」


 手当たり次第にめくる二宮。その中には、田月でも知っている絵画がいくつかあった。


「ふーん。これは買わなくてよかったのか?」

「欲しかったんだけどね……値段が高いんだよ」

「ああ、そうか。カラーだし大きいもんな」

 積まれた図録の一冊を取った田月は、その値段に驚く。

「げ。2000円もするのかよ!」

「それでも安い方だったりするよ。分厚かったら一万円もする本だってあるし」

「消費税も相まってすごい値段になるな……中々手を伸ばせられないだろうな、こういう本は。重いし高いし」

「そうだね。特に私みたいな……学生……は……」


 言葉をつづけようとして。

 だんだんと、二宮の顔が強張ってゆく。


「どうした? 二宮」

「……田月くん、その表紙、『日本史』ってなってるんだけど」


 二宮の指摘に、田月は本を閉じて表紙を確かめた。たしかに、『詳細 日本史』と書かれてある。だが――田月が開いたページは、どこをどう見ても西洋画ばかりが載せられている。

「……ちゃんと最初のページは『美術史』って書いてるんだけど、表紙は『日本史』ってなってるな。なんだ? 店員さんが本とカバーを間違えたのか?」

「多分、違う」

「だよなあ。いたずらって考える方が自然だよな。ったく、何がしたいんだ。こんなことして」


 田月は顔を少ししかめただけだった。


 だが二宮は血相をかえて、本棚に並べられていたすべての本をめくって確かめ始めた。文庫とは違い、大きな本の冊数は少ない。あっという間にすべての本を確かめ終えた。


「……ない」

「二宮?」

「田月くん、どうしよう」

 少し間をあけて彼女は、田月にこう言った。


「憶測だけなのはわかってる。でも、最悪の状況を考えたら……むしろ、もっと性質悪いかも……」

「どういうことだよ? 二宮」

「私はあの時、あの女性がその場で本を盗んだと思った。でも違う。肝心なのは、その後の行動。でもその前に、様々な伏線を張ったんだと思う」

「……すまん、言っている意味が分からない」

 申し訳なさそうと田月が言うと、「ごめんなさい」と二宮は謝った。


「どこから説明すればいいか……推測でしかないし」


 二宮は混乱しているようだった。一体どんな推理にたどり着いたのだろう。

 なんとか聞き出すために、田月は質問することにした。


「じゃあ聞くけど。二宮が見た怪しい女は、その時点では何もしなかったってことか?」

「ううん、それは違う。彼女は確かにしたんだと思う」

「何を?」

「あの時本を乱暴に扱っていたのは。図録のカバーを、交換させたんじゃないかな、って……」

「……? それって」

 聞き返そうとした時、田月ははっとした。


「……例えば、この絵画の図録と、日本史の図録は、サイズ自体は同じ。カバーを掛け違えば、日本史は絵画に、絵画は日本史の図録に見える。そういうことか?」


 田月の推理に、二宮は頷いた。


「でも、なんでそんなことをわざわざ?」

「ただで手に入れるため」


 推測だと言いつつも、それが答えだと確信している声だった。


「図録や図鑑は高いでしょう? 特に、大型の本は。それなのに、勉強や研究のために使おうとして、内容が意に添わなかったらかなりの痛手だよね? ある程度読む人が中身を確かめられるよう、こういう本は包装されてない」

「そうだな。逆に包装されている漫画は、読んじまったらもうそれまで、買うのをやめる奴だっているだろうし。最近じゃ小説も包装されているところもあるけど」


「でも、書類上のタイトルを見て買う人――『学校で必要なものだと言われていたから買ったら、内容が違っていた』、みたいなことを言って、返品を申し込まれたら?」

「……まさか。その為の、カバーの掛け違いか? いやでも、それが一体なんの……」


「もし、そう言われたら。お金を返すよね? だって、店側には心当たりがあるもの。いたずらされているっていう。――これもいたずらの類かもしれないって、不安になっても不思議じゃなくない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る