アネさん探偵と盗まれたもの 5


                   ◆

 七時すぎ。

 本屋には、他の店員は既に帰宅しており、店長だけがいた。割と大きな店ではあるが、実はこの本屋は個人書店である。


「アンネちゃんがそう言うなら、信じるよ」


 あっさりと、店長はニッコリ笑って言った。

 その発言にこけた巡査は、慌てて立ち上がり詰め寄る。


「あ、あなたほんとーに良いんですか⁉ この子が嘘をついている可能性だってありますよ⁉」

「ないですよー! だってその子、嘘がつけませんから」

「そう思われる子ほど、嘘をつくもんです!」

「もう十年以上の付き合いですよ? さすがにどんな子かわかりますって」


 店長の言葉に、田月も激しくうなずく。


「俺は知り合って六年目だけど、二宮が嘘つけない……というより、嘘をついた罪悪感で自供するやつだから、他人を欺くための嘘は無理だと思うぜ、おっさん」

「いい加減おっさんはやめてくれ! 俺の苗字は千秋だ!」

「え、そんな可愛らしい苗字なの? ……おっさんなのに?」

「おっさんは関係ねぇだろ! つーかわざとか!」

「まーまー、千秋さん。そのへんで」


 それに、と店長が言った。


「アンネちゃんは賢い子です。昔から、物事を深く考えることに特化していました。直感は、経験の裏付けとも言います。物事を考える彼女の経験が、誰かを裏切るとは思えないんですよ」

「店長……」

「それに、起こっても不思議じゃありませんからね。最近、いたずらが酷いんですよね」


 店長が目を伏せる。田月はピンときた。


「それって、作家順に並んでいた本が、テキトーに並べられていたことですか?」

「そうだよ、田月くん。もっと酷いのは、数冊の文庫が参考書やらと一緒に並べられていたりとか。とにかく無造作にあちこちに置かれたりして、あるはずの商品が行方不明になってるんだ。最初は本をどこに戻せばいいのかわからない人の仕業かなって思ったんだけど、ここまで続くと多分わざとだろうね。警察に一応相談したけど、はっきりしないいたずらだから、どう対応すればいいかわからないし。店員さんがものすごく不気味がっているんだよねー」


 店長はそこで一旦言葉を区切った。


「アンネちゃんが見たものも、もしかしたら、器物破損行為かもしれないし。防犯カメラ、確かめてみますか?」

「いや、私はそろそろ交番に戻らなければならないので……巡回中ですし」

「おいおっさん、どんだけ使えねえんだよ!」

「うっせなあ! 散々言うけど、万引きと決まったわけでもねーんだろ⁉ 令状なしじゃ俺はこれ以上関われねえよ! ほらケー番教えてやっから、確かな証拠が見つかったら連絡しろや! じゃあな!」


 千秋巡査はそう言い捨てて、本屋を去った。その背中を見て、田月が呆然と呟く。

「口もガラも悪い上に使えないとか、あのおっさん……」

「まーまー田月くん。いいじゃない。ひとまず僕は映像を確かめておくから。君たちはどうしたい?」

「……まだ、いさせてください。ここに。家には連絡しました」

 二宮がそう言うと、「わかった」と店長は穏やかに笑った。



 二宮は、女性が立っていた大きな本コーナーを探ることにした。一方田月は、全体の本棚を確かめていた。

「いたずらと万引きが同一犯だとは言い切れねーけど、調べるんだったらそこからだよな」

 更に田月はビニールで包装されていない本をめくって確かめてみたが、それらしい手掛かりは見つからなかった。

「そっちはどうだ? 二宮。……って」


 図録をじっくりと読む二宮。田月の厳しい視線を背中から感じ、慌てて図録を閉じる。


「違うよ! ちゃんと手掛かり探してたよ!」

「……まーいいけどよ。お前、好きだもんな。図録とか図鑑」

「……逆に優しくされると良心が痛みます」

 二宮は罪を認めた。たしかに、二宮杏寧という人物は嘘がつけなかった。

 手に持っていた図録を本棚に戻して、また別の本を確かめる。


「……私、ダメだなあ」

「何が?」

「店長はああ言ってくれたけど、万引き犯だなんて思ったのは、多分に私の思い込みだよ」

 不安だった。あの女性が、に似ていたから。

 別人だと気づいて、二宮自身は平静でいたつもりだった。だが、不安がまだ続いていたからこそ、その女性を観察していたのだ。その不安が、そのまま『万引き犯かもしれない』と思い込ませていたことに、ようやく冷静になった二宮は気づいた。


「うっかり本を取り落としちゃっただけかもしれないのに。万引き犯だったらどうしよう。このお店はどうなっちゃうんだろうって。被害妄想が先走っちゃった」

「あの時二宮が『万引き犯』って叫ばなかったのは、二宮が冷静だったからだ」


 田月も本棚から図録を取り出す。


「勘違いだったらそれがいいだろ。ここだけの話にできるんだから、店には損害ないんだし。逆に勘違いじゃなかったら、そっちの方が大変だ。これだけいたずらが起きているっていうのも、変な話だしな」

「……うん」

 二宮の口角が、少し下がる。再びページをめくりはじめると、田月は二宮が持っていた本を覗き込んだ。

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