アネさん探偵と盗まれたもの 3
「おい、ここで何をしている」
後ろから、男の低い声がかかった。
振り向くのと同時に、ものすごい力で腕を掴まれる。振り向きながら悲鳴を上げようとして、その悲鳴ごと飲み込んだ。
二宮の腕を掴んだのは、巡査の制服を着た男だ。
「あんた、職業は?」
「へっ?」
「職業。言えないのか」
「え、えっと……学生ですけど……」
蓄えられた髭と、彫の深い顔。
威圧ある視線に、しどろもどろに二宮は答えた。これが世の中でいう職質か。まさか、ストーカーだと疑われただろうか。
(疑われたっていうか、事実そうなのかもしれないけど!)
この時点で泣きたくなったが、巡査の後ろから、田月が走ってくるのが見えた。二宮を追いかけてきたのだろう。知り合いの姿に、緊張していた二宮がほんの少しほっとした時。
「嘘つけぇ! その顔で女子高生とかありえないだろ!」
怒鳴りつけられ、二宮は身を竦ませる。その様子を見た田月は、血相を変えて走るスピードを上げた。
「おいおっさん! なにして、」
「なんだぁ? そんな派手な化粧して制服なんて、わざとらしい組み合わせの恰好は。その手の風俗嬢か?」
巡査の言葉に。
二宮の瞳孔から、光が亡くなった(誤字ではない)。
ピタ、と田月の足が止まった。
夕焼けに照らされた商店街の道は、突然真っ黒になった。カラスの鳴き声が消える。
世界が一瞬止まった。
「……ピャアアア――!!」
「ピャァァァ⁉」
奇声を上げて号泣する二宮に、驚く巡査。
「うあああんわああああんわああああん!!」
「な、なんだ⁉ どうした? 何もそんな泣かなくても、」
先ほどの威圧感はどこへ行ったのやら。おろおろする巡査に、田月は重い溜息をついた。
「おい、おっさん」
「おっさん言うな!! まだ二十九だ!! そして何の用だ、今取り込みちゅ……」
「え、マジで。その顔で二十九なの。でも十分おっさんの年齢だと思うぜ」
田月はゆっくりと二宮に近づき、背中を優しく撫でる。
「悲しかったなー、二宮。
そう言って、彼は二宮のカバンを開け、
「ほい学生証」
取り出した二宮の学生証を、巡査に見せた。
怪訝な顔をしていた巡査は、それがちゃんと最新の学生証だということを理解し、……動きという動きをすべて停止した。
その三十秒後。
「大変申し訳ございませんでした、あの……」
「ひゃああああああああわああああああうあああん!」
「お巡りさん、ちゃんと謝れ。死ぬ気で謝れ」
青い顔をして謝罪する巡査。号泣する美人な女子高生。彼女を慰めながらも厳しい顔で巡査を責め続ける童顔の男子高生。
とっても目立つ三人が商店街にいた、という投稿がSNSで話題になったとか。
◆
十分後。
「本当に誠に申し訳ございませんでし、」
「甘いな。今日び国会での発言ぐらい酷ぇ」
謝りすぎてだんだん舌が回らなくなった巡査。非情にも田月翔太はその謝罪を切り捨てた。それを窘めたのはようやく落ち着いた二宮だ。
「もういいですよ、お巡りさん。あそこまで泣いた私も私ですし……」
そしてすみません、と二宮は続けた。
「この人あなたをからかってます……」
「あ、ばれたか☆」
「お前ェェェ!!」
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