アネさん探偵と盗まれたもの 2


「……アンネちゃん?」

「あ、ごめんなさい! 何円でしたっけ?」


 違う、と二宮は思いなおした。

 よく見れば、よりずっと若い。化粧で分かりづらいが、多分二十代前半だ。


(落ち着け、私。街の中でを見かけても、もう関係ないんだから。私が緊張する必要はないんだから)


 手汗で手のひらが湿る。その感触が気持ち悪くて、二宮はジャンバースカートの裾を掴んだ。

 別人だ、と思っても気になった二宮は、そのまま女性を見ていた。

 彼女は緑の長袖を着ていた。くるぶしまで隠れる茶色のロングスカートは、ひざ下からはフリルで膨らんでいる。華やかである種独特な雰囲気。女子大生のように見えた。

 今は五月の半ば。半袖の人も増えたが、長袖を着ていてもおかしくはない。現に二宮たちの着ている制服は合服だ。


 おかしいのは、その人の行動だ。

 こちらからは死角になっていて、手元が見えない。

 けれど、何かをしている動きに。少なくとも、立ち読みの動きではないことに。

 コーナーを離れた時に見えた、女性の白いトートバッグを見て。

 そして――そのままレジにも向かわず、女性が本屋を出た時。



 嫌な予感がした二宮は、財布をカバンになおして走り出した。



「え、アンネちゃん⁉ 本は⁉」

「ごめんなさい店長さん! 支払いキャンセルで!! 申し訳ないんですけど、棚に戻しておいてくださいー!!」



 早口で述べて、彼女は本屋を出た。そして、女性を追いかける。

(手元は見えなかった。トートバッグってだけで、先走りしていると思う。でも、)

 本が好きな人間は、あんな乱暴な動きで本をめくったりしない。

 二宮杏寧には、ある懸念がもくもくと大きくなっていた。



(――あの人、本を万引きしたんじゃ?)



 だとしたら大変だ。

 一冊盗まれるだけで、本屋がどれほどの損害を受けるか。二宮に具体的な数字はわからない。だが、店内に張られた『監視カメラ起動中』の張り紙。起動している監視カメラが、本当は入口に一台と、レジに一台しかないことを、二宮は知っていた。

 監視カメラをいくつも設けるのは、かなりの経費がかかるんだろう――と、馴染みの客はわかっている。だからこそ、ボランティアで店内を巡回して見張るおじさんたちがいる。そういう噂が流れているから、他の本屋で被害があったという話はあっても、この本屋で不良少年たちが万引きすることはなかった。


 もしこれで「あの店は万引きしやすい」という噂が流れれば、被害は次々に出るかもしれない。田舎は、すぐに噂が伝わる。今じゃSNSというものもあるのだ。

 かと言って、あの場で「万引き犯」と叫ぶことも躊躇った。二宮は犯行そのものを見てはいない。これが二宮の早とちりであれば、それこそ本屋の評判を落とすかもしれない。


 葛藤した彼女がとった行動は、「ひとまず女性を追いかける」という行動だった。


 すぐに追いついたが、その後はどうすればいいか。

 声をかけられず、二宮はそのまま追跡を続けている。

(これ、ストーカー? 犯罪者私?)

 思い当たった瞬間、二宮は焦った。

(いやだって、直接「あなた万引きしましたか?」って聞くわけにもいかないし! そもそもどうやって声を掛ければいいのかな⁉)

 コミュニケーション能力が高い田月なら、良い案が出たかもしれない。二宮は田月に声を掛けなかったことを後悔した。


 どうしようか――と思考を巡らせていた時。

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